直ちゃんが専門学校に入った年、
章子さんの息子は予定通り予備校通いの生活を始めていた。

部活もない、遊びも控えているから、
家にいる時間はどうしても長くなる。

いきおい、普段は気がつかない行動に、目が行くようになるのだ。

最初彼は、母親が妙に携帯電話をそばから離さないのに気がついた。
今まで会議なんかで遅くなることはあったけど、
それがやたらと水曜日に集中するようになったのも変だと思った。

一度、安っぽいおもちゃみたいなビーズの指輪が、
洗面台に置かれていることがあった。

もっとも、学校で慕われているらしい母は、
ときどきそんなものを女子生徒からもらってくるので、
最初はその類だと思ったみたいだ。

でも、それは、直ちゃんがアルバイトの面接に行ったときに
近くの雑貨屋さんで見つけたものだった。

子どもっぽくて恥ずかしいと思ったけど、
きらきら光ってとてもきれいだったから、
かなり迷ってから、思い切って渡してみた。

「こんなん、わたしには似合わへんよ。」と、章子さんは照れて、
その顔がとてもかわいいと思った。

その指輪を、変なの、とりゅうさんが指でつまんでみていると、
母が探しに来て、意外に大切にしている様子が手に取るようにわかった。

男ができたな。
それにしても、安っぽいのと付き合っとるな。

りゅうさんは母の趣味の悪さを嘆いて寂しさを打ち消し、
まあいいか、と自分を納得させた。

ある日、ふとした思い付きで母の携帯電話をのぞいてみると、
「三浦」と登録された名前でメールがたくさん来ているのに気がついた。

思ったとおりに、次の水曜日も約束があるみたいなので、
本当にただの出来心であとをつけてみることにした。

どんなおっさんか見てみたい。見るだけや。

夏期講習は、一日くらい休んでもいいだろう。