夕飯も作らずに、母は寝室に入ってしまったので、
父が台所に立った。

しばらくごそごそしていたが、
結局「直人、なんかないか。」と言う。
仕方がないので、戸棚からカップラーメンを二つ出した。

「これでええか?」と聞くと、二つをじっとみて、
「味噌味がええ。」と言う。

居間の低いテーブルに二人であぐらをかいて、ラーメンを食べていると、
父がビールを勧めてきた。

ほんま、ええ加減な親父やで。

ビールを飲みながら食事を終えて、ポケットからたばこを出しても咎めはしなかった。
ただ、「いらんことだけ覚えよるな。」とあきれたように言った。

それからぽつぽつ、自分の進路の希望とか、
先生は親身に相談にのってくれただけだとか、
そんな話をした。

「お父さんはな、」と聞きなれない前置きを言って、
「綾人も直人も、自分の好きなようにやってくれればいいと思ってる。
ただ、人様に迷惑かけんかったらな。」
と言うので、「綾人は会社を継ぐんやろ。」と聞いた。

「まあ、継いでくれればな。
そやけど、自分が継いでみて、あんまり向いてないってわかったからな。
そんな感じや。」と言った。

営業は好きなんやけど、経理なんかを考え出したらあかん。
でも、そういうのもできて会社は成り立つもんやからなあ、と言う。

そんなら美香さんが経理の担当なんやな、と思ったけどそれは口に出さなかった。

その代わり、離婚でもするんか、と気になっていたことを聞くと、
ごめんな、という答えが返ってきた。

心がひんやりしたけど、それでいいのだという気もした。

ただ、お母さんは認めてない。

父は、息子のたばこに手を伸ばして言う。

そうか、と答えるしかなかった。

それから、今度は父が、
母とは東京の大学で知り合ったこと、
かわいいお嬢さんで、なんだかとても好きになってしまって、
一生懸命神戸につれてきたことを独り言のようにしゃべりだした。

あんまり関西には向いてなかったみたいやなあ、といまだに関西弁を使おうとしない母のことを語り、
そして、あの先生、なかなかいい先生やなあ、と
今日一日の感想をしめくくった。