「わたしにはこの子がおるからな。
ほら、かっこええやろ。」

後部座席に置いたかばんから、器用に左手で携帯電話を引っ張り出して、
画面を開いて見せてくれた。

もっと勉強ばかりしてるような、いやみな顔つきを想像していたが、
隆司はよく日に焼けた健康そうな少年だった。

「もちろん、みんなのことも大事やけど、
やっぱりこの子が一番や。わかってくれる?」

「それとこれとは別やない?」

「別やない。」

「ほんならそれでええわ。
おれは二番でええ。いや、三番でもええ。
他に大事なものがあるんやったら百番目でもええねん。
おれのこと、ちょっとだけ…。」

ちょっとだけ、なに?とは聞かずに、吉崎は、

「生徒はみんな大事や。」ときっぱりと言った。

もうこの話は終わり、と一方的に告げられて、

しばらく無言のまま家に着いた。
車庫に車が停まっている。久しぶりに父が帰ってきているみたいだ。

吉崎は、直ちゃんに車から降りるよう促して、

「そしたら、明日な。」と言った。

学内での暴力行為とかなんとか言って、川崎は停学処分にしようとしたが、
さすがにそれは行き過ぎだと吉崎が主張し、それは正論であった。

車を降りて運転席のほうにまわった直ちゃんが、
「あけて。」と言って窓を二回たたく。

窓が開くと、中をのぞきこむようにして、

「さっきの話、ちゃんと考えてな。」と笑顔で言った。

「あんたもしつこい子やな。」と吉崎が言いかけたとき、
ドアが開いて、中から人が出てくるのが目の端にみえた。

親父やったら、ちょっと話きいてもらわれへんかな。

小さい頃は父の不誠実さを恨んだものだが、
母の干渉が重荷になるにつれて、どういうわけか妙な共感が生まれていたから、
父ならきっと理解してくれると思ったのだ。

「直人、何してるの?」

と、留守のはずの人物の声がして、
つま先から、凍りつくような感覚が体を登ってきた。