夏の暑い一日、
教室を出て廊下を歩いていると、向こうから吉崎がやって来た。

どき、と心臓がはねあがって、

おれももうおしまいやな、と自嘲する。

「三浦くん、がんばってる?」と声をかけられた。

「うん。」

また、しゃべれない自分に逆戻りだ。

「進学する気になったん?」

「いいや。」

「その割にまじめやな。
うちの子なんか、最後の夏やとかいうて、遊びまくってるわ。」

「へえ。」

「言うても部活の男の子ばっかりやねんけどな。
ほんま、いつまでたっても子どもやわ。」

隆司はどうやら、サッカー部に入っていたらしい。
高校は綾人の通っていた進学校というからいやみだ。

ぜったい話の合わん奴なんやろうな、と思う。

「わからんで。先生、知らんだけちゃう?」

「三浦くんと違って、もてるような子やないねん。」

「おれはそんなんやないで。」

いつだって、好きになる人は手が届かない人ばかりで、
何のいいこともない人間なんやで。

直ちゃんが黙ると、吉崎もやや不自然に会話の流れを変えた。

「まあ、まじめに勉強するのはいいことやで。
専門学校でも、大学でも、選択肢が広がるからな。

わたしは、三浦くんには、なんでも好きなことを選んでもらいたいと思ってるよ。」

もちろんみんなそうやけどな。

吉崎はあとからそう付け加えたけど、
先の一言だけでうっとおしい夏の暑さが、一気になくなったような気がした。

「おれ、先生がおるからやで。
補修来てるの、先生がおるからやから。」

ほんじゃあな、一息にそう言うと、
顔が真っ赤になるのがわかったから、大急ぎで後ろを向いて、
大またで昇降口に向かって歩いた。