それから、昔自分のことを見て、追いかけてくれた小さい女の子のことをふと思い出した。
ぜんぜん違うのにな。

あの子、元気かな。
もう会うこともないだろうな。

家族に愛されて、素直に育っているあの女の子と自分の間には、
とうてい埋められない開きがあることはわかっていた。

このことを吉崎に相談したら、どんな解決方法を見つけてくれるんだろう。
吉崎でも、世の中にはどうにもならないことがあることをわかってくれるだろうか。

とはいえ、それ以上踏み込まれるのはごめんだったので、
なるべく遠巻きに先生を眺めるようになった。

何事にも妥協をしない吉崎は、よそのクラスに生徒にもなんだかんだと声をかける。
自分より大きな男子生徒に、「えらそうにつっかかっている」姿を見ると、
つい心配で、目が離せないようになった。

夏休みの前に、母親が学校に来て、担任との面談をすることになった。

母は、兄が東京の有名な大学に入学したこと、
この子もできればそうなってほしいことを切々と訴えた。

吉崎はそれを黙って聞いて、最後に、「それで、三浦くんの希望はどうなんや?」と生徒に話を投げた。

もちろん希望なんてなかったから、あいまいな笑顔を浮かべていると、
「三浦くんの成績やったら、今からがんばればなんとでもなる。
しっかり考えなさい。」と厳しい口調で言った。

直ちゃんの成績は、その学校の中では優秀なものだったのだ。

それを楽観的に受け取った母親は、
「ほら、先生もこう言ってくださってるんだから、がんばりなさい。」と、
久しぶりに見る笑顔で言った。

そのせいで、夏休みは学校で行われる補修に通わなくてはいけなくなった。
でも、吉崎も来るんならまあいいか、と思う自分が不思議だった。

おれでもなんとかなるもんなんかなあ。

夏休みの教室で、窓にもたれながら考えていると、
吉崎が近寄ってきて、しばらくしてから、「三浦くんも大変やなあ。」と言う。