シャツのボタンをあけていたり、スカートを少し短くすると、
吉崎はとんできて注意する。

ただ、頭ごなしにしかりつける低脳の体育教師と違って、
生徒の言い分を聞いた上で、それにひとつひとつ反論するもんだから、
「どうせ口では負けるわ。」と、みなが言うことを聞くようになった。

何を言っても必ずきちんとした返事が返ってくるので、
次第に勉強のことなんかを質問に行く生徒が増えた。
吉崎の担当は社会だったけど、他の科目でもちゃんと答えを調べてきてくれるらしい。

ふうん。ひまなんだな。

直ちゃんはそう思って、その輪の中には加わらないようにすごしていた。

放課後の教室で、女子生徒が恋愛の相談などをする光景も見られるようになった。
くだらない、どうでもいい話に付き合って、
的外れなくらいの正論をぶっているのを見ると、ますます先生が変人に見えた。

ある日、教室に二人になったので、
「先生も大変やな。」と言ってみた。

「なんで?」と聞かれたから、「だって、どうでもいい話ばっかり付き合わされて。」と答える。
「どうしようもないことばっかりやん。」

それじゃあ、と言って帰ろうとすると、
「ちょっと待ち。」と呼び止められた。

どうしようもないことなんかないで。
なんでもな、問題があったら必ず解決する方法はあるねんから、
ちゃんと考えなあかんで。

生徒がきょとんとしているのを見て、
先生はいい機会だと思ったみたいだ。

「そこ座り。」

と直ちゃんを座らせてから、お説教をはじめた。

「だいたい三浦くんは、なんでもやる前からあかんと思ってるところがある。
そんな消極的やったら、できることもできへんで。
とりあえずやってみることって、案外とだいじなんやで。」

問題があれば、拡大解釈して悲劇に没頭していく母のやり方と、
ひたすら逃げ続ける自分のやり方しか知らなかったから、
解決方法を探すというのはとても新鮮に感じられた。

はあ、そうですね、気をつけます、と適当に返事をして、
逃げるように教室を出る。

あの女の先生が、自分のことをよく見ていたことに驚いていた。

ふうん。ほんとにひまなんだな。

そう思ったけど、誰かが自分のことを見ていてくれるのはうれしいことだった。