高校2年で、吉崎という女の先生が担任になった。
「吉崎のババア」は口うるさいことで有名だったので、
クラスのみんなはうんざりして席に座っていた。

その頃、直ちゃんは人生にあきあきしていた。
「もし誰かが自分を殺しに来たら、素直に殺されてやるんじゃないかと思えるくらい」
自分の人生に価値を見出せなかった。

震災で人生を狂わされた人が、この神戸にはたくさんいるが、
自分もその一人ではないかと思う。

父親が、母以外の女の人と親しくしているのは以前からわかっていた。
美香さんというきれいな人で、何度も会ったことがある。

父の会社の社員さんで、母とは正反対の、はきはきものを言う女の人だった。

でも、父は家の中では優しい親であり、夫であった。
クリスマスには、母の指示で父が家に電球を飾る。
それを兄と一緒に手伝うのが楽しみだった。

そんな風に家庭も大事にしてくれたから、
父の帰りが時々朝方になっても、母も何も言わずに過ごしていた。

兄は自分と違って、一重の目で、眉がきりっとした意志の強そうな顔立ちだ。
それが、母の父親、つまり直ちゃんにとっては祖父にあたる人によく似ていた。

「この子はうちの家系の顔をしてるの。」と、母が東京の実家でうれしそうに話していたのを覚えている。

だから、兄の世話を熱心にやいていて、それが父に対するものの埋め合わせだと感じはしても、不思議には思わなかった。

別に取り立てて、不満を持つでもなく大きくなった。

あの朝、地震があって、母は父が家にいないことに気がついた。
どこかで泊まって来たのだとわかった。

そんな日も朝食までには帰ってきているのがルールだったので、
母は混乱し、また不安にいてもたってもいられなくなった。

母はいつも、困ったことがあると東京の両親に電話をする。
その日は電話も通じなくなってしまっていて、
母の不安はどうしようもなく膨れ上がった。

初めて母は自分一人で決断し、子どもたちの手を引いて家を出た。
そして、幼稚園のときの友達の家にいさせてもらうことになった。

余震が来るたび、そこの家の3つ年下の女の子が震えながらしがみついてきて、
生まれて初めて、誰かに頼りにされる戸惑いとうれしさを知った。