章子さんは家を出て、名谷の団地に帰っていた。
母の実家だ。

月に一度、地下鉄に乗って会いに行っていたので、
元気でいることがわかっていたから、それでまあいいか、と思っていた。

小学校3年生のとき、正月を長田で過ごしたので、
成人式のお休みに母のもとへ行くことになった。

母は、息子が来るとレストランに連れて行ってくれる。
でも本当は、母の作ったものを食べたかったから、台所で一緒に卵焼きを作った。

息子が料理のできる男に育つことは、章子さんのような女性にはうれしいことだったんだと思う。
「えらい、えらい。」とほめてくれて、それはうれしかった。

うれしかったが、その夜、せっかく食べた卵焼きを吐いてしまい、
ひどい熱にうなされることになった。
少し前から咳が出ていたのだが、母のところへ行くからずっと我慢していたのだ。

翌日は学校だったけど、お休みすることに決めて、
母の実家ですごすことにした。
母は珍しく休みを取ってくれて、一日中そばにいてくれた。

それがよかったか、翌朝には熱が引いたが、
りゅうさんは家に帰ることができなかった。

地下鉄はとまってしまったし、
車で一度家を出た母は、
「道路もめちゃくちゃや。信号がつかへんから事故ばっかりおきてる。」と
疲弊して戻ってきた。

家のあったところがテレビに写って、
真っ黒な煙が出ているのを見るのはとても不思議なことだった。

そして、りゅうさんは母親と再び暮らすことになった。