平日だったけど、
誰も学校に行けとは言わなかった。

いや、学校に行こうか、と母が言った。

「緊急避難所って学校やろ。
子どもだけでもつれて行こかな。」

「そのほうがいいかもしれんな。
そやけど、揺れもぼちぼちおさまるかもしれんし、
家におったほうがええんちゃうか?」

周りのお店の人たちも、
いったんは家の中で様子を見るという。

パン屋さんの竹林さんが、昨日の売れ残りのパンを持ってきてくれた。
昨日は相当売れ残ったか、かなりの量だった。
電気もガスもつかないので、
朝から何も食べていないわたしたちには救いの神だった。

父が、店の前においてある自動販売機の補充用のジュースをいくつか
お礼に渡す。

揺れはおさまるどころか、
断続的に続いていて、また、いつあの大きな衝動が来るかと思うと
怖くて怖くて仕方がなかった。

すっかり太陽も昇ったころだった。

直ちゃんのおばさんが、直ちゃんと綾人さんをつれてうちにやってきた。

おばさんは、遠くからお嫁に来た人だからこの辺りに親戚もいない。
子どもを通してのつきあいといったら、
うちくらいしか思い浮かばなかったんだろう。

「すみません。昨日から主人もいなくて、
どうしようかと思って。伊藤さんにはご迷惑かと思ったんですけど…。」

普段はきれいにお化粧しているのに、
その日は素顔のままで、髪の毛もうしろにひとつにまとめただけだった。

子どもたちは、真っ白い顔で母親の手を握っている。

「そんなん、入って入って。
とりあえず家の中におるつもりやねんけど、
みんなでおったほうが安心でええわ。」

うちの母親は、幼稚園で簡単な挨拶をするくらいの仲のおばさんに、
子どもを平気で預けてしまうくらいずうずうしい。

その代わり、人付き合いの垣根が低く、
誰でも親しくなるのが上手だ。

地震のせいだけでなく、散らかった部屋の中にも
直ちゃんの家族を「どうぞどうぞ」と実に気軽に案内した。