直ちゃんが子どもの頃、一番楽しくて好きだったのはクリスマスだったそうだ。

おばさんがケーキを焼いて、綾人さんと二人で生クリームやイチゴを飾ったりするのが楽しかったと言う。
それから、親父が木に電球巻いたりしてな、と懐かしそうに話していた。

その思い出が、今の仕事を選ぶきっかけになったそうなんだけど、
大人になった直ちゃんにとっては、クリスマスは一番きつい時期らしい。

神戸に初めて雪が降ったその日、久しぶりに直ちゃんの部屋に4人で集まったのだが、
直ちゃんは「あかん、もう死ぬ。」というせりふを連発していた。

水曜日で、お休みのはずなんだけど、その日は夜まで仕事をしてくたくたになって帰って来た。

「おれも100個くらい注文入れたろか?」とりゅうさんが言うと、
「ほんまに殺すぞ。」とすごい迫力で返している。

普段の仕事とあわせて、クリスマス用のケーキの注文が「大変なことになっている」んだそうだ。

それでも最近は、生クリームがおいしく保存できる冷蔵庫なるものが開発されたそうで、
それがない以前は前日辺りから鬼のような忙しさだったと先輩の職人さんは言っているらしくて、「想像できん。」と頭をひとつ振ってビールを飲んでいた。

テーブルの上にコンロが置かれて、その上の鍋からいいにおいがしている。
留美ちゃんが野菜を切って手伝った、鶏肉の入った水炊きがその日のメニューだった。

年末が近づいて、忙しいのは留美ちゃんも同じだ。
忘年会が多くなって、ホテルの仕事だけじゃなくて、ちょっとした和風のレストランでの配膳の仕事も入るようになったと言っていた。

「だいたい、年越すくらいで浮かれんな!」と留美ちゃんが言うと、
「クリスマスくらいで浮かれんな!」と直ちゃんも大いに意気投合して、
二人でコップをかちんと鳴らしている。