最初に電話をくれたとき、
元気?がんばってる?と、学校にいるときみたいに話すので
うれしかったけど、どうしようかと思ったこと、

家でご飯を食べることになったので、
二人でデパートの地下でお惣菜と、かわいいお茶碗を買ってきたけど、
ご飯が炊けずに困ったこと、

隆司は鍋で炊いてたで、と言っても、
二人ともそれをどうやってすればいいのかわからなかったこと、

章子さんが映画を観たいといい、
それがクィールというタイトルだったのでホラー映画だと思ってついていくと、
感動的な犬の映画だったこと、

成人式のときに同窓会があって、
章子さんも呼ばれていたので、
「先生、久しぶりやな。」と他人のふりをするのが楽しかったこと、

初めてキスをしたとき、どきどきして体が震えてしまって、
「もっと慣れてるのかと思ってた。」と言われたこと。

わたしたちは、変に相槌を打つでもなく、おかしいところで笑いながらただ聞いていた。

何度も心臓がつねられるような思いを味わったが、
それでも、同時に、どこかで安堵していた。

これで直ちゃんが戻ってくる。
わたしのところに、というのは思い上がりだとわかっていたけど、
こうやって語ってくれるということは、
少しだけど、わたしのことも頼りにしてくれていると思っていいんだろう。

とりとめもない記憶を語り終わって、
直ちゃんは、体の中の息を全部出してしまうような深いため息をついた。

「終わりなんやなあ。」

それから、よっしゃ、飲むぞ、と言って新しい缶に手を伸ばした。
その日、直ちゃんがたばこを手に取るところを二回目に見たけれど、
まあいいか、と心の中でだけ肩をすくめた。

でも、煙があまりにもひどいので、窓を開けて空気を入れ替えた。
ついでに、ちょっと外に出てくる。部屋の外やから、心配しなくていいと二人に告げてドアを出る。

隣の部屋にももう人が帰っているみたいで、
通路から見える部屋に明かりがついていた。

星がきれいだ。
こんなとき、ドラマや映画だと、どしゃぶりの雨だったりするのに
現実はこんなもんか、と思った。