はは、あいつのとりえはそれくらいやからな、と一緒に笑う。

すっかり暗くなったので、カーテンを閉めて電灯をつけると、
蛍光灯の下で章子さんの顔がさらに白く見えた。

「そやのに、その子からは逃げたかった。
助けてって思ってるの、わかってるのに。
わかってたのに、それが怖かった。」

教室の中で時々その子の携帯が鳴って、メールが来ているらしいことを章子さんは知っていた。
そのメールの内容だって、なんとなくわかっていた。
そういうメールが一日に何回も来ているだろうことも推測できた。

時々、その子は一人になったときに章子さんに話しかけることがあった。

「社会なんかできたってしょうがない。」とか、
「勉強できるだけが人間じゃないのに、なんで勉強せなあかん。」とか、
とにかく絡んできているだけにしか思えないようなことだった。

なんでそういう考えになるんだろう。
どうしてもっと、今ある楽しいことに目を向けないんだろう。

それを伝えたくてもうまく伝わらないばかりだ。

面談で、母親に会ってみてその子の毒が何に起因するものかがわかった。

「直人くんのお母さんなんかかわいらしいもんや。」と、章子さんは言う。

けばけばしい服装と化粧で、教師にこびるような目つきで話す母親の横で、
その生徒はただ背中を丸めて黙って下を向いているだけだった。

「この子はね、やればできると思うんですよ。
ひとりっ子やし、なんでも手をかけてあげてますし、
進路も好きなようにしてもらえればと思ってます。
どこの大学でも、出来る限りのことはしてあげるつもりです。」

と、押しつけがましい言い方で延々と話し続ける。

母親自身が勉強なんて大きらい、という感じに見えるのに、
子どもには幻想でしかない優等生の道を進んでほしいようだった。

かといって、それがどういうものなのか、本当にそうなって欲しいのか、
母親にだってあいまいでしかないのがわかる。

そんなありもしない幻想と、現実のギャップを埋められずに苦しんでいるのがその子の姿だった。