「おじさんもおばさんも優しいし、伊藤もおって、おじいさんもおばあさんもおって、
そんな人らに大事にされてるのに、おれなんかあかんやろ。」

直ちゃんが、へへ、と子どものように笑う。

「ずっとそう思ってました。」

「…。」

「もったいないことしたな。言えばよかったんかな。」

「…。」

そうじゃない。
わたしがもっと直ちゃんのことを見て、きちんと知ろうとすればよかったんだ。

中学生の直ちゃんが、うちに来たときのことをぼんやりと思い出した。
ある夜、居間に電気がついていることに、トイレに降りたわたしは気がついた。

中をのぞいてみると、両親と直ちゃんがいて、
そのとき、直ちゃんの肩が震えていたみたいで、泣いていたみたいで、
声をかけられなかったことがある。
ずっと夢だと思っていたのだが、あのとき、どうして泣いているのかたずねることができていれば、何か変わったのかもしれなかった。

いつもいつも自分のことばかりで、直ちゃんは優しく笑っていてくれていて、
それに甘えていたことが恥ずかしい。

「って、もう遅いよな。」

そうだ。
わたしが子どものままで、直ちゃんの苦しみをわかってあげられなかった代わりに、
直ちゃんは章子さんを見つけたのだ。

「…うん。」

ああ。苦しいなあ。
この前失恋したと思ったのに、こうやって過去のこととして語られるのはさらにつらいだけだった。

こんな思い、なんでせなあかんのかなあ。

そう思うけど、ちゃんと向き合ってくれた直ちゃんに感謝する気持ちもあった。

「なあ、直ちゃん。」

コーラにはほとんど口をつけず、その缶を握りながら、わたしは言った。

「またメールとかしてもいい?
また前みたいに、幼馴染でおってくれる?」

過去を変えられないなら、未来をよりましなものにしたかった。

直ちゃんは明るい顔になって、とてもうれしそうに笑ってくれた。
とりあえずはそれでいい。