トシちゃんが苛々しているのは宗ちゃんが武家出身だから。


嶋崎先生やトシちゃんは農民出身。

いくら豪農の家だとしても武士じゃない。


其れで昔から差別をうけてきたらしい。


昔、誰かがトシちゃんに言っていた言葉を思い出す。


“「農民の倅が武士になるだァ?ばっかじゃねぇの?」”

“「百姓は何をしても百姓なんだよ」”

“「刀はなァ、武士が握るモンなんだ」”

“「そんな夢、さっさと諦めちまいな」”


あの時のトシちゃんの悔しそうな顔は忘れられない。


『帰るぞ、雪』


そう言って私に手を差し出したトシちゃん。


『え、でも』

『いいからっ、早く』


私の手を握りしめたトシちゃんの手は震えていた。


『おお、おかえり。トシ、雪』

『あ、嶋崎先生。ただいま帰りました』

『どうだった、稽古は。楽しかったか?』

『その、それが……………』


私が言い淀んでいるとトシちゃんは淡々と答えた。

『バカにされたよ、“農民の倅が”って』

いつの間にか私の手を放していて。

先程までの震えは伝わってこなかった。


『ま、そんなのどーでもいいけどよ』


トシちゃんは私たちに背を向けると歩き出そうとする。

だけどそれを嶋崎先生が阻んだ。


『バカが、どうでもよくないだろう』


そう言って、トシちゃんをぎゅっと抱きしめる。

嶋崎先生より小さい彼はすっぽりと収まった。


『ごめんな、気づいてあげられなくて』


トシちゃんの肩が震えた。

そしてぎゅっと嶋崎先生の着物を掴む。


『……………ッ』

『よしよし、辛かったな。ごめんな」


トシちゃんは泣いていた。

声を押し殺して、静かに泣いていた。


よっぽど悔しかったんだろう。

その時のトシちゃんは、今でも忘れられない。




きっとあんなことがあったから、武家の人が気にくわないんだ。


武士なのに、自分より弱いのが気にくわないんだ。


どうしたものかなぁ。


私は宗ちゃんの頭を撫でながら暫く考えていた。