「まことに、見目麗しい姫君ですな」


 庭園の桜を冬悟と共に眺めている月姫の姿を眺めながら、赤江がつぶやいた。


 「あのような姫が殿の側にお仕えすれば、殿の毎日ももっと華やぐでしょう。……そうは思われませんか?」


 ……それは、悪魔の一言だった。


 最初は深くは考えていなかったが、庭園で冬悟と微笑み合う月姫を見つめているうちに、冬雅の心は揺れ動いてきた。


 幸せそうな笑顔。


 (あんなふうに微笑えんでもらえたら、私の心も満たされるのだろうか)


 ふとそんなことを考えてみた。


 するとその思いに取り付かれてしまった。


 冬雅の心を見透かしたかのように、赤江が告げる。


 「冬悟さまと月姫さまの婚約は、まだ殿は正式にはお認めになっておりません。今ならまだ間に合いますぞ」


 「そうだな。冬悟にはもったいないくらいの、可愛らしい姫だな」


 何気ない一言。


 ふと漏らした本音。


 ……それが後にどんな影響を及ぼすか、どんな事態を引き起こすか。


 その時の圭介、いや福山冬雅は、どうして考えなかったのだろう。