「でもこんなに近くて気づかないのもおかしいよね、わたしたち!」
再び止めていた足を動かして、先輩は軽快に笑う。
「ですね、俺も思います」
俺が先輩を見下げる形でそう言った。
すると彼女は大きな二重の目をパチクリとさせて、俺を見上げた。
「今、笑ったよね?」
顔に喜色を浮かべる先輩。笑ったという自覚はなかったから、無意識のうちに笑っていたんだろう。
「...俺だって笑いますよ」
「えー、初めて見たよ?貴重だ!」
その無邪気さ。先輩は、解ってないんだろうな。
俺は確かに多弁ではなく寡黙な方で、あまり笑わず、周りからも表情が硬いとよく言われる。そんな俺に表情を作らせるのは、先輩だということを。
「それじゃあまた、明日ね」
「はい」
とうとう先輩の家のマンション前に着いた。笑顔で手を振る先輩に一礼して、彼女に背中を向ける。
数歩歩いただけで背後が気になって、振り返る。
そこにまだ先輩は、いた。
俺に気が付いた彼女は、さっきよりも弾けた笑顔で大きく手を振って見せた。
その日の帰り道、俺の顔が熱かったことは、夕日のせいにしておこう。