俺は急いで封筒を開けて、中身を見る。
***
―――拓磨くんへ。
いきなりごめんね。
拓磨くんに言わなきゃいけないことがあって、手紙を書きました。
最初、拓磨くんにラブレターを拾われちゃって、付き合うことになったよね。
でも実はあのラブレターは、矢野くんは矢野くんでも、星司くんに渡そうと思っていたもので。
正直、拓磨くんのことはあの日まで名前しか知らなくて……。
矢野拓磨って人は、気性が荒くて、ケンカで100人を病院送りにしたとかそういうウワサを聞いていたから、怖くて断れずに付き合っちゃったんです。
本当にごめんなさい。
でも、今は怖いとかそんな風には全く思わないよ。
だって拓磨くんは優しいもん。
私が何回拓磨くんの優しさに助けられてきたか、知ってる?
拓磨くんに優しくされるたびに助けられて、でも、その分ウソをついている自分に罪悪感がうまれて……。
こんなに優しい人に本当のことを言わずに付き合ってる自分がイヤになって……。
いつかは本当のことを言って、拓磨くんを私から解放してあげなくちゃって思いながら、ずっと拓磨くんといたいって思う自分もいて。
矛盾しすぎだよね。
わかってても、でも、どうしていいのかわからなくて。
本当に今までウソをついててごめんなさい。
一緒に過ごすうちに、拓磨くんは本当は優しい人だって知って、拓磨くんの嬉しそうな顔も、照れた顔も、楽しそうな顔も、寂しそうな顔も、怒った顔も見てきて、勝手に拓磨くんのことをほとんど知った気でいた。
そのせいで、私は無神経に拓磨くんに色々聞いて傷つけちゃって。
本当にごめんね。
私なんて拓磨くんのほんの一部しか知らないのに。
でもね、だからこそもっと知りたいっていう気持ちもあった。
知らないことも知りたい、拓磨くんのことをもっともっと知りたい、そう思ったんだ。
こんなの、言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど、本当の気持ちです。
長々と書いてきたけど、最後に言わせてください。
私は拓磨くんのことが好き。
だからこれからもずっと隣にいてほしいです。
なんて、ワガママかもしれないけど……でも、一緒にいてほしいです。
―――桐野美憂より。
***
「み、ゆう……」
読み終わった俺はまた急いで走り出した。
「はぁ……っ、美憂……待ってろよ……っ」
手紙を握りしめ、無我夢中で走る。
美憂がこんな気持ちでいたなんて、知らなかった。
美憂が俺のことを好きでいてくれたなんて、知らなかった。
俺こそ、美憂のことなにもわかってなかった。
あぁ、俺って本当に彼氏失格だ。
美憂を自分の勝手な思い込みで手放すなんて。
「……!」
第一倉庫に向かいながら、俺は一つ思い出した。
第一倉庫は俺の住んでいる町の隣の町の不良グループの溜まり場だった。
矢野、星司……アイツは確か、その不良グループのリーダーだったヤツ……。
俺が中学の頃、グループのほぼ全員をボコボコにしたっけ。
名前を聞いたとき、なんか聞いたことある気はしていたけど、あまり気にはかけていなかった。
どこで聞いたんだろうって思ってたけど、まさか昔潰した不良グループのリーダーだったなんて……。
はやく行かなきゃ……美憂がなにされるかわからない。
美憂、どうか無事でいてくれ……!
「さて、キミの王子様は来てくれるかな?」
電話を切った後、星司くんがニヤッと笑う。
「拓磨くんはきっと……来てくれる」
私はそう信じてる。
拓磨くんは人を見捨てるような人じゃない。
「すごい自信だねぇ」
「拓磨くんは優しい人だもん。無表情でなに考えてるのかわかんないところもあるけど、でも優しい人だってことは間違いないもん……!」
「へぇ、まぁそんなのはどうでもいいけどさ。さっそく、美憂ちゃんをどうしちゃおうかな?」
「……っ」
星司くんは私を舐めまわすような目で見てくる。
こ、怖いよ……。
拓磨くん、はやく来て……っ!
私の前にしゃがんで、私の顎を持ち上げる。
「まずはその綺麗な唇にキスしちゃおうかな」
「い、いや……っ」
私は必死で抵抗する。
が、体を縛られていて全く身動きが取れない。
「どうして抵抗するの?むしろ、好きだった俺とキスできるんだもん、喜ぶべきじゃない?」
「こんなの……っ、みんなの知ってる星司くんじゃないよ……!」
私の知っている星司くんは笑顔も心もすっごく優しくて。
でも、もう今の星司くんにそんな面影は一つもない。
「みんなの知っている俺?そんなの、ただのウソの塊でしかないよ。女って単純でバカで哀れな生き物だよね、ほんと」
星司くんは奇妙にククッと笑う。
「ひ、ひどいよ……」
「ひどい?騙される方が悪いんだよ、そんなの」
「そんな……っ」
「さてさて、早速キミの唇をいただいちゃうね?」
ニヤッと笑うと、星司くんは私にどんどん顔を近づけてくる。
や、ヤダ……。
拓磨くん以外の人とキスなんて。
絶対にしたくない……!
「や、やめて……っ!」
数ミリで唇が重なるというときだった。
バンッ―――
荒々しく倉庫の扉が開かれた。
「拓磨くん……!!!」
扉の向こうには息を切らしている拓磨くんが立っていた。
「おい、美憂から離れろ」
怒りに満ちた瞳でゆっくり私と星司くんの方へ歩いてくる。
「美憂から離れろっつってんだろ!!!」
「……っ」
今まで聞いたこともないほどの拓磨くんの力強い声。
思わず体がビクッとした。
「うおおお!!!」
すると、星司くんの仲間の2人が一気に拓磨くんに襲いかかる。
「ジャマすんじゃねぇよ」
そう言って、拓磨くんは拳を振り上げ、星司くんの仲間を殴る。
初めて目にする殴り合いに私は目を塞ぎたくなった。
倉庫には聞いたこともないような声や音が響く。
「ふっ、数年でどのぐらい成長できたかと思えば、全く成長してねぇな。マジで弱すぎ。よくこんなんで今までグループ組んでられたな」
拓磨くんはバカにしたように笑う。
今の拓磨くんはきっと中学時代の拓磨くんだ。
拓磨くんはこうやってたくさんの人と殴り合いをしてきたんだ。
「く……っ、お前のせいで俺の仲間は……っ」
「は?俺のせいなワケ?リーダーのアンタが弱すぎてみんなが離れていっただけの話じゃないの?」
「う、うるせぇ!!!」
星司くんは立ち上がって、拓磨くんに向かって拳を振り上げる。
が、拓磨くんはするりとかわす。
「相変わらずだな。もうアンタのそのクソみてぇなパンチ、飽きた」
「クソ、人のことバカにしやがって!!!」
再び、星司くんが拓磨くんに襲いかかり、殴り合う。
拓磨くんが星司くんのみぞおちにパンチをお見舞いし、星司くんがうずくまる。
「う、うぅ……」
「美憂、大丈夫か?」
「う、うん……」
その間に拓磨くんが私を縛っているロープを解く。
あぁ、やっぱり拓磨くんだ。
優しい目をした……私の好きな拓磨くんだ。
「なにもされてない?」
「うん、大丈夫だよ……」
ホッとしたら思わず涙が出てきた。
「う、ふぇ……っ」
「お、おい、美憂、泣くなって……」
「ご、ごめんね……っ」
拓磨くんが助けにきてくれたことが本当に嬉しくて……。
涙が全然止まらないんだ。
すると、拓磨くんの背後からどんどん近づいてくる星司くんが見えた。
「拓磨くん、あぶな……っ!」
「ったく、しつこいなぁ」
ため息をつくと、拓磨くんはくるっと振り向いて星司くんのお腹に蹴りを入れた。
「うっ……」
「じゃあな、矢野星司くん」
うずくまる星司くんを軽く蹴ると、私の腕を引いて、倉庫を出た。
「た、拓磨くん……っ」
名前を呼ぶと、拓磨くんは立ち止まった。
「ごめん、美憂。俺のせいで変なことに巻き込んじゃって」
「ううん、いいの全然」
「よくないよ、俺がもっとはやく矢野星司の正体に気づいていれば……っ」
拓磨くんは悔やむようにすぐ近くにあった壁を殴る。
「そんなのいいの!拓磨くんが助けにきてくれただけで……それだけで十分だよ」
「美憂……」
最初はどうなるかと思ったけど、こうやって拓磨くんが助けにきてくれて、なにもされずに済んだんだもん。
「拓磨くん……本当にありがとう」
私の目からはまた涙が零れ落ちる。
「そして、ごめんなさい。無神経に色々聞いたり、拓磨くんのことを知ったようなこと言って……本当にごめんなさい」
涙を拭いながら深く頭を下げた。
こんなことで許してもらえるとは思わない。
でも、まずは謝らなきゃダメだ。