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「雨音、雨音、雨音」

「はい、何ですか。新垣さん、新垣さん、新垣さん」

「そう、それなんだよ」

困ったように眉をしかめる彼。何が言いたいのか、次の言葉を待つ。

「姓じゃなくて、名前で呼んでほしい」

「雇い主を名前で呼べと!?」

「……」

「冗談ですから、落ち込まないで下さい。付き合った当初から『新垣さん』って呼んでいたものですから。やっぱり、名前の方がいいので?」

「俺の名前、忘れているんじゃないかって、不安になる」

吹き出した。ないないないと、肩を震わせながら、手を横に振る。

「名前で呼ぶようにしますけど、やっぱり新垣さんと呼ぶのが身についてしまっているので、うっかり出てくる時があるかもしれません」

「そっか。じゃあ、そのうっかりがすぐにでもなくなるよう、俺も協力しよう」

らしく、彼が取り出したるは、いつぞやに見た紙。

「『新垣雨音』になれば、俺を姓で呼ぶのも減るんじゃないかな」

前とは違い、既に私の名前まで書かれた婚姻届だった。

「……、私、その契約書にサインしましたか?」

「俺が書いておいた」

「さいですか」

今度から必ず名前で呼ぶようにしよう。


※筆跡が紛れもなく本人の物と言える偽装ぶりでした。