「綾乃。

俺が悪かったんだ。

美空がまだ赤ちゃんだった頃、家の中がグチャグチャになっていて。

一度だけ綾乃をひっぱたいた事があっただろう?

そのことを、ずっと引きずっていたんだろう?

俺に怒られるかもしれない。

それが恐怖で、あんなに頑張っていたんだろう?

本当に申し訳なかった」


そう言って頭を深く下げるおじさん。


そんなおじさんの言葉を聞いたおばさんの肩が、小刻みに震え始めた。


「……そう、でしたね……。

私、そんな記憶、どこかにしまいこんで忘れていました……。

でも、身体が覚えていたんですね。

だから追われるように急かされるように、必死で家事をしていました。

それが苦しくて、苦しくて…。

そうだったんですね。

私、怖かったんですね。

あなたに叱られることが……」


おばさん……。


人って、たった一度の出来事で変わってしまうんだね。


たとえ頭では忘れていても。


心のどこかで、それを覚えているんだね。


それが癒えない限り、ずっと苦しんでしまうのかもしれない。


「原因がわかってよかった。

なぜ眠れないのか、なぜ不安になるのか。

さっぱりわからなかったの。

薬にもお世話になったけど、ちっとも改善しなくて……。

でも、わかってよかった」


そう言っておばさんが、今日初めて笑った。