私の通う大学から、バイト先までは

電車で20分。


歩くと45分。


今日は天気がいいから、歩こうと思って

ただでさえ歩くのが遅いと言われるのに


ゆっくり歩いて向かった。



…カランカラン



バイト先は、都内にひっそりと建つ木造のカフェ。


このドアを開けると、小さく鳴るベルは

私のお気に入りのもの。


「…いらっしゃーい、って泉ちゃんか」


相変わらずガラガラのカウンターから顔をのぞかせたのは

ここで働く一応店長の、哲(サトル)くん。


「ただいま」



哲くんは、私のかけがえのないたった1人の肉親。


「うん、おかえり」


ここは、私の家だと思っていい?という私の我が儘に

哲くんは今みたいにニコニコ笑いながら


いいよ、と言ってくれた。





小さなこのカフェの二階は

狭いけれども、生活ができる場になっていて


一応、ここが私の帰る場所なのだ。


黒いエプロンを腰からつけて

緩くパーマをかけた髪をポニーテールにして

ギシギシと鳴る古びた階段を降りた。



「…にしても、お客さん来ないね」


お洒落な洋楽のリズムを感じながら

苦笑い。


「んまぁ、ぼちぼちやってるよ?」


哲くんは自分用にコーヒーを入れている。


さっきの梨々子ちゃんの話を思い出して、

哲くんに話してみようと思ったら、


…カランカラン


その音とともに、ドアが開いた。