目的もなく廊下を歩きながら毒づく。
 だが、春日の口調はあっけらかんとしていた。

 柚月の不機嫌など気付いていないか、お構いなしなのだろう。
 微かな負い目を感じるものの、そんな幼馴染みだからこそ、助かったことはいくつもある。

「柚。さっきの話、本当?」

「……お願い。内緒にして」

 問われて、柚月は言葉少なに懇願する。
 今の話を聞いたら、家族や友達が心配する。

 迷惑をかけたくない。
 何が何でも隠し通さねば。


 そんな気持ちが、柚月の口を重くさせている。


「……いいよ」

 春日の方も特に詮索せず、了承してくれた。
 柚月がホッと安堵するのも束の間。

「もちろん、口止め料はもらうけど」

 ちゃっかりした要求だが、春日が口にすると憎めない。

「えぇ~、なに?」

 互いに、そういったやりとりは珍しくない。
 柚月が軽く尋ねると、幼馴染みの腕が行く手を遮る。

 次に距離を縮めて、身体を密着させてきた。

 窓枠に押しつけられる形となり、柚月は困惑する。
 香ってくる匂いを、別の誰かと比べてしまう。
 それを思い出す余裕なんてない。