「……燐姫の居場所ねぇ」
料紙に目を落としながら、東雲が呟く。
スマホを覗く人よろしくとばかりに、歩みを止めない。
いっそ転んでしまえ。
そんな理不尽なことを柚月は胸中でぼやく。
苑依から話を聞いたあと。
邸へ戻る道すがら、伝えられた内容を順を追って東雲に説明した。
ヤツは、通された局で雪也と世間話をしていたらしい。
人が働いていたってのに結構なことだ。
それだけなら、まだよかった。
東雲が仕事をしないのは、いつものことだ。それくらいで、ヘソを曲げたりしない。
問題は、苑依が本当に珍しい菓子を用意してくれていたことだ。
雪也がしきりに『姫君からのご指示ですから』と言って勧めてくれたが、東雲がすっぱりと断った。
おまえにそんな権利はないだろうと恨みがましく睨んでも、通じる相手ではない。
「りん姫って誰よ」
素朴な疑問を、柚月は訊く。
苑依の話では、誘拐した盗賊たちは『燐姫』という人物の所在を何度も尋問されたという。
彼女が何者か、柚月はわからない。
苑依に尋ねようにも、他に覚えるべき伝言や文を預かり、詳細を訊きそびれたのだ。