通された局は薄暗い。
 幾重にも几帳や屏風を張り巡らし、それをひとつひとつ避けて歩かねばならなかった。

 しかも、広い室内全体に漂う異質な空気。


(なにこれ、お香……?)


 東雲のものとは違う。

 鼻をくすぐる甘い匂いだった。



《ようこそ。次元の狭間を渡る【彷徨者】よ》

 局の奥から涼やかな声が聞こえる。


 最後の衝立を避けて、現れた邸の主人に柚月は目を奪われた。


 紫色の縁の畳に鎮座するのは、人形のような美姫。

 抜けるような肌に、鮮やかな紅の唇。
 烏の濡れ羽色と評するに相応しい黒髪。

 重ねられた衣や白紐の髪飾りなどは巫女というより、舞姫を彷彿とさせる。

 二十歳前後だろうか。凛とした佇まいは、ぞくりとするほど美しい。

 けれど、柚月は何か違和感を覚えた。


《先日は助けていただき、誠にありがとうございました。私が【九衛家】斎宮・苑依にございます》

 苑依の唇が動いていない。
 それどころか、表情さえ動かない。

 精巧に作られた人形のようで、彼女と思われる声は頭の中に響いてくる。