「じゃあ、何か悩み事か?」

「んー……」

 腕の中で問われ、頭の中に率直な説明文が浮かんだ。




 実は、謎の毒舌陰陽師に異世界へ召喚されて戦ってるんです。




 などと、言えるわけがない。

 少し風変わりな兄ではあるが、そんな説明を頭から信じるとは思えなかった。

 何か他にごまかす言い訳がないかと考えていると、顔を覗き込まれる。

 間近で見ると、ますますいい男だった。

「安心しろ。兄ちゃんは、いつだって柚の味方だ。悩み事なら相談に乗ってやるぞ」

 親指を立て、爽やかな笑みを浮かべる。
 口角から零れる白い歯がキラリと光った。

 我が兄は、そんな古くさい表現が似合う不思議な魅力を持つ人物である。


「お兄ちゃん……」


 見惚れたように呟く柚月は、兄の背後を指さした。

「お鍋、吹きこぼれてる」

「のーんッ!」

 頭を抱えて絶叫する。
 すぐさま、キッチンへ走り出す忙しない人だ。

 振り返ったシャツのバックプリントには『お兄さまと呼ばないで』とある。