柚月が召喚される以前、【月鎮郷】は内乱に荒れていたという。
政治を担う【九衛家(このえけ)】の当主を巡る争いが郷のあちこちで勃発し、貴族たちは自分の身を護ることのみに固執した。
新しい当主が選出されたことで争いは沈静化したが、内乱により疲弊した土地と経済、人心は短期間で癒せるはずはない。
郷を立て直しを図りたくも、【九衛家】は深刻な人手不足に陥っていた。
当然の流れではあるが、政治に関わっている彼らが互いに潰し合い、投獄もしくは一家極刑にまで追い込んだためだ。
今現在、東雲ひとりが治安維持に努めているが、それもいつまで保つか。
『荒れた郷の治安を取り戻すために、ぜひ力を貸してください』
あの潤んだ大きな瞳に見つめられると断れなかった。
文句たれつつも呼び出しに応じているのは、宗真の頼みを無視できないからだ。
他に理由なんかない。
自分に言い聞かせるように、強く念じる。
でなければ、なにか大きなものに呑まれてしまいそうだった。
それが何なのか、柚月にはわからない。
自分が触れていいものか。
そんな不安もある。