彼は、どこから説明するか考えていただけである。
 それなのに、視線に気付いた弟子は素早く頭を下げた。

「も、申し訳ありません! ですぎたことを……はうッ!」

 予想通り、額をゴンッと派手に床板へと打ちつける。

「失礼します!」

 ぶつけた場所を押さえ、転がるように局を去った。



 まだ何も言ってないのに。



 宗真が恐縮するほど、東雲は彼を疎んじてはいない。
 むしろ、内心では感心していた。



 あの気難しい彼女の笑顔を、いとも簡単に引き出せるのだから。



 自分には、決して真似できない芸当だ。



 当然だろうなと思う。

 自分の欲のために、彼女を呼び寄せた。
 理不尽な要求を突きつけているのは東雲自身。

 彼女に心を開いてほしいと願うのが、そもそもの間違いだ。

 泣かせないようにするだけで精一杯。

 宗真のように、穏やかな表情をさせるのは至難の技だ。



 思い出すのは、むきになって噛みついてくる少女。

 山猫のように警戒心が強く、容易に他人に心を触れさせない。
 そのくせ、たまに驚くほどの無防備な姿を見せるから、心底厄介だ。