春の宵。
故郷である街に、男は帰ってきた。
「……懐かしい気配だな」
柔らかな風の匂いに、目を細める。
はためくぼろぼろのコートは、どこもひどく汚れていた。
「もう、三年だってのに。諦めの悪いヤツがいるんだな」
藍色に沈んでいく空。
浮かび上がる街灯。
行き交う人々。
見慣れた景色は変わらず、自身の心は変わってしまった。
失われたものへの代償。
悲嘆にくれる刻は、とうに過ぎた。
いや、まだ諦めるには早いらしい。
光明は残されている。
その思いがけない幸運に、男は強気に笑う。
「どうやら……俺も、まだ見限られたわけじゃないしい」