「ごめん」

 やっと口にした謝罪も、情けない声音だった。



 柚月の母親は、すでに亡くなっている。
 父の説明では不幸な事故だったという。

 柚月が生まれてすぐのことである。
 当然、彼女の記憶の中に母親は存在しえない。



 でも、それだけ。
 物心つく前に失った人でさえ、柚月はとても寂しい思いをしている。

 もっと身近な人を失った東雲の悲しみはどれほどのものか。

 柚月には理解できない。
 きっと、途方もない深い喪失感が東雲の胸にはまだ残っているはず。

「本当に、ごめん……」




 そのくせ、拒絶されたことを勝手にいじけて拗ねて。

 何故、彼が話したくない事情まで考えなかったのだろう。


 両親を亡くして、再び手に入れた家族を失って。

 そんな境遇に対して、自分はどうしたらいいんだろう?


 じわじわと視界が滲みかけた時、目の前が真っ暗になった。
 その直後、

「いッ!」

 一瞬だけ鼻に痛みを感じて、視界が開ける。

「な……なななッ!?」


 目の前では東雲が右手をひらつかせた。
 それで彼に鼻をつままれたことを知る。