夏も終わりかけようとしている9月

病院から一本の電話がはいった

『本条さん…残念ながら、今朝奥様が息をお引き取りになりました。』

蝉の声が頭の中で響く

『すぐに病院に来て下さい。』

視界がだんだんと滲む

「はい…すぐ行きます。」

力なく返事をすると、重たい足を引きずりながら病院へと向かった


あの時の事はあまり覚えていない

ただ病室に着くと、そこには安らかな顔をした妻が寝ていた

きっと、もう目を覚ます事はない

そして、その横では声を上げながら笑う娘の姿があった

「なぜ、笑える」

「あははっ…ん、なぜって?」

笑いをこらえながら話す娘に怒りを覚えるが、怒鳴る気力さえなかった。

「 だってさ、ママったらすごく不幸なんだもの…可哀想で笑っちゃう」

言い返す事もなく、再び声を上げながら笑う娘をただ見ているしかなかった

いつからだろう、この子がおかしくなったのは

小さい頃は、人懐こく優しい子だった

美しい花と書いて美花

その名の通り、我が子ながらも美しい顔立ちで自慢の娘だった

高校生になった今も、美しい顔立ちは変わらず、母親譲りのパッチリとした目に毛先だけ巻かれた黒髪、背の高さは俺譲りで170近くはあるだろう

幼い頃から成績は優秀で、本当に手のかからない子だった
学級委員だって任されていたようだ

そんな美花がなぜ変わってしまったのだろうか

原因はきっと俺にもある

俺は、食品や化粧品などを扱うメーカーの社長をしている

仕事が忙しく家に帰らない日がほとんどで、美花の事はほとんど妻に任せていた

俺が、もう少し美花と接する機会を作っていれば良かったのかもしれない
今となっては遅い話だ

「ねぇ、パパ」

美花の声でやっと我に返った

「何だ」

何か企んだような笑みを見せる

「私、しばらく家に帰らないから」

「どこに行くんだ」

美花はそっと俺に近づき、細い手を首に回してきた

「友達の所よ、心配しないで」

2人の顔が近づく

「じゃあね、パパ…」

美花は自分の唇を俺の唇に合わせた

しばらくして唇を離すと、美花はうっすら微笑み病室をでた

これが美花との最後だとわかっていたら俺は美花にどんな言葉をかけただろう、
何をしてあげただろう

美花にとって俺はどんな父親だったんだろう

俺は最後まで美花を分かることはなかった