「ああ」
 
彼は宙を見て、言葉を選んでいる。
 
昔の様子を思い出しているのだろう。

「別の女ができたと、そしてそいつが妊娠したと。出て行ったのは俺が中学の時だったな。弟はまだ小学生で」

「そうなんだ」

「いつも仲良かったんだよな、両親。一緒に映画見に行ったりとか、俺と弟を置いて晩飯に行ったり……それの結末が、離婚に至るだなんて、誰も考えもしなかった。きっと母親だって知らなかったんだろうな」

「うん……」
 
適当なことは云えなかった。真摯に彼の言葉を受け止めることしか、私にはできない。

「男と女ってのは、難しいな。親父だって、常習的に浮気してたのか、それとも一回の過ちでガキができたのか、解らんけど。くっついたり離れたり、よれたりこじれたり、難しい」

「そうね。それはそう思うわ。恋愛っていうのは事故だから」