「いらっしゃいませ」

「あ、ちょっと忘れ物を…」


彼女を探した。



「あ、福澤さん!」


彼女は振り向いてくれなかった。
聞こえなかったのかもしれない…


「福澤さん!」


少し声のボリュームをあげたが、それでも彼女は振り向かず、奥へ入っていった。

僕は追った。


「ちょっとお客さん、困りますよ!」


男性店員に制止された。
その時やっと、彼女は振り向いてくれた。


「いい、私が話します」

「大丈夫なのか?」

「ええ」





「ありがとう、助かったよ」

「名前呼ばないで」

「え…?」

「私はここでは福澤じゃないの!」


彼女は怒っている…。


「…ごめん。…そうだよな。うかつだった…」


こんなに…怖い顔も初めて見た…。


「…で、何か?」

「あ…、本当に悪いんだけど、タクシー代…貸してほしいんだ…」


なんて情けないんだ…。

でも立っているのもままならない僕は彼女にすがるしかなかった…。


彼女はさっと、わき胸から1万円札を出し、僕に握らせた。