「亜澄さん、元気そうで良かった。ますます薫さんに似てきたね」


そう言って桑山さんは上品な仕草でコーヒーを口に含んだ。

私は注文した紅茶に口をつける。

その紅茶は、たった一杯で私の一日の食事代に相当する値段だ。
それでも私には学校の購買で売っているパックの紅茶との味の違いが分からなかった。


「……返事、しなくてすみません……」


高級なホテルのラウンジにある喫茶店は、制服姿の私にはひどく場違いだ。
ひどく、居心地が悪かった。


「手紙は読んでくれてるかい?」

「……」


穏やかな桑山さんの質問に私は上手く返事はできなかった。


「彼に隠されている、とか?」

「まさか」

「そう……」


桑山さんは一言断ってから、煙草に火をつけた。
どこでも売っている半透明なライターと、見慣れない緑色のパッケージの煙草。
視線の置き場が無い私は、その箱を見つめていた。

それからしばらく、二人ともに押し黙った。


……この人は、ママの葬儀に来ていた人だ。
私が彼と初めて会ったのはその時だ。
それでも彼のことはよく覚えていた。

桑山さんは、弔問客名簿に記帳をしていった数少ない人物だからだ。
そして彼は、桁違いの香典を置いていった。
その桁違いの香典は、後日拓真が丁重に返金をしようとし、それでも桑山さんは喪主である拓真ではなく私に渡してほしいと頑として受け入れなかった。
その桑山さんの言葉に拓真はますます意固地になったけれど、結局は拓真が折れる形となった。


そしてこの人こそ、私が握りつぶして黙殺してきた手紙の差出人だ。
そして私が、読まずに机の引き出しにしまいこんできた手紙の差出人だ。
拓真に、知られたくなくて隠し続けたあの手紙。一月に数回も送られてくる手紙。
達筆で几帳面な文字で、真っ白な封筒の裏に綴られているのはいつもこの人の名前だ。