「じゃあ、梨音にだって直談判に行けばいいじゃない」

ふざけて言うと、響哉さんはわざとのように私の上に乗ってくる。
心臓が、どきんと跳ねた。

「あれ?
 直談判に行かなきゃいけないような夢、見てたのかな?」

指先が優しく私の顎をくすぐっていく。

「私が……見た夢は……」

思わず言いよどむと、響哉さんの指はそのまま私の唇に触れる。

「言わなくても大丈夫。
 昔のことを思い出してたんだろう?」

私が頷くのを確かめてから、響哉さんは私の瞳を覗きこんで甘い声で囁いた。

「マーサ。
 あんな男の世迷言(よまいごと)、気にする必要は微塵も無い」

「……でもっ」

「でも、何?」

柔らかく笑って、キスを一つだけ残してから、響哉さんは起き上がった。


「そんな八つ当たりで、俺のフィアンセに刃(やいば)を向けるような男に、同情の余地は無い」


地を這うような低い声に、寒気を覚えた。
でも、私の視界には響哉さんの背中しか見えなくて――。

だから、彼がどんな表情でその言葉を吐いたのかは、分からなかった。