「私の事、そんなに軽薄な人間だと思ってるんですか?」
「・・・」

「もう、話しすら、してくれないんですね」
…かすかに、藍子の手が震えているのが分かった。

…藍子は、声に出すことなく泣いている。
・・・でも俺に、藍子を抱きしめる術はなかった。


「…分かりました。もう、いいです」
そう言った藍子は、俺の手をそっと離した。

…鞄とコートを持つと、藍子は俺の横を通り過ぎる。

「荷物は早いうちに、取りに来ます。…大谷さんがいない時の方がいいですよね」
そう呟いて、玄関を出ていった。

「…藍子」

いなくなった玄関のドアをいつまでも見つめる事しかできなかった。


…次の日。藍子は会社を休んだ。
その理由は、俺にはわからない。

…澤田は何食わぬ顔で仕事をこなしていた。
・・・が。

昼休み。
澤田に呼び出され、屋上にいた。

「話しってなんだ?」
「・・・何が言いたいのか、分からないのか?」

「・・・わからないな」

分からない筈はない。・・・でも、もう、何も聞きたくなかった。

「矢沢の事だ。・・・何で、今日会社休んだのか知ってるのか?」
「…知るはずないだろ?」

「恋人の事なのに?」
「…別れたんだから、知ってるわけないだろ?」

「…お前って、そんなにちいせえ奴だったんだな」
「・・・」