「お前さ、先輩の所に戻れよ。先輩の気持ちは変わってねえよ、今ならまだ先輩が迎えてくれる。けど、大切だって気づいた時には、自分の場所がなくなってた、なんて事もあるんだし。……分かってるんだろ?どこが自分の居場所くらい」


亜子さんは、その言葉に返事こそしなかったものの、明るく染めた髪に手をやり、何かを考えているようだった。


「んじゃ、俺達そろそろ行くわな。もし、先輩に会うことあったら、まあ、よろしく言っといて」


席を立とうとした瞬間。


「ありがとう、俊――」


微笑んだ亜子さんの顔が、まるで別人の様に見えたのは気のせいだったのだろうか。

名残惜しげに、その顔を見つめた先輩は、私の左手を握り「行こう」と、言って店を出た。

そして、日曜日の人混みの中、足を止めた先輩は、夏の終わりの高い空を、目を細め見上げた。

先輩の瞳に映る紅い夕焼け。

左手の温もりを感じつつ、友情と恋愛に揺れた一つの恋が、今、本当に終わったのだと思った――。