最初で最後の、恋だった。










「「キャアアアアアッ!!」」




今日も、正門前は、王子様を待つ女の子たちが溢れている。

どの子も…皆…皆…可愛い…美しい……。

あたしとは…大違い……。




あたし、

三ノ矢望愛(みのや・のあ)。

家から5分ほどの共学高校に通う1年生。



あたしは、ハッキリ言って地味。



肩より下までの黒髪は、固く艶なんてない。

ある理由から切らない前髪は長く伸びきっていて、目を隠してしまっている。

まぁ目元が見えたとしても、一重で目つきは悪い方だから、美人とは言えない。

目鼻立ちは整っていないので、不細工と言って良いかもしれない。

見た目に頓着しないので、スカートは今時珍しい膝下スカート。

良く言えば校則通りだけど、悪く言えば地味子。





「輝飛先輩!」

「おはようございます!」

「相変わらずイケメンですわ!」




正門から校舎までの道を、長い足でスタスタ歩く、王子様。

大げさな例えかもしれないけど、それほど先輩はかっこいい。















山野輝飛(やまの・きと)先輩。

同じ学校に通う3年生で、通称王子様。



風に靡く、サラサラのチョコレート色の髪。

神様が綺麗に作り上げすぎた、整った顔立ち。

180もある身長。

そして何より、優しい笑顔。



アイドルよりもかっこいい顔立ちをしている彼は、とてもモテる。

性格も優しいし、誰もが平等。



そして。

―――あたしの憧れている人。




あ、勘違いしないでね?

彼女になりたいとは思うけど、叶うはずがないとは自覚しているから。

先輩なんて…本当、雲の上の存在だよ。




今だって…。

こうやって、木の影から眺めているだけだもの…。




本当は小説や漫画みたいに、先輩を奪うようなアレコレをしたいけど、先輩を怖がらせてしまうから…。

先輩に嫌われるのは、嫌だ。

なら今みたいに、存在を知られぬまま、こうして見守るだけで良い。




先輩…

愛シテイマス……。













あたしは先輩が校舎に入ったことを確認し、後を追う形で校舎へ入る。

ストーカーとは思われない。

だって、あたしと同じことをしている女子は、大勢いるから。



「おはよー輝飛」

「おはよう春馬」



あ、

奥田春馬(おくだ・はるま)先輩だ。




奥田先輩は、輝飛先輩のお友達。

よく一緒にいる所を見かける。

あんまりイケメンじゃないけど、輝飛先輩は誰に対しても優しいから。

あたしにも優しくしてくれるのかしら…?




あ、駄目だ変な妄想しちゃ。

玉砕した時に、辛くなるから。

はぁ…先輩、あたしのこと知っているかな?

あたしは先輩のこと、知っていますよ。



と言っても、あたしはストーカーなんてしないと決めているから。

盗撮などもしないと決めているから。

あたしの知る先輩の情報は、全て先輩が大好きな女子たちが話していたこと。




ネェ先輩。

あたし地味で、何の取り柄もないですけど。

可愛くて美人で秀才でスポーツも出来る女子たちに負けられないこと、1つだけあるんです。




誰ヨリモ

先輩ガ好キナコトデスヨ。












キーンコーンカーンコーン…




輝飛先輩と、奥田先輩が楽しそうに話している姿を見ていたのに。

チャイムが鳴ってしまい、先輩たちは急いで教室へと入っていく。

あたしを初めとする女子たちも、溜息を吐きながらそれぞれ教室へ入る。



先輩とはクラス違うからなァー。

先輩、成績は良いって聞きますけど。

同じクラスの女子から、勉強を教えてほしいとかせがまれるんでしょうか?

アァ…羨ましい。

あたしも先輩に近づきたいなァ…。



でも、地味なあたしだから。

例え先輩と同じクラスでも、女子たちの睨みに負けて、話しかけられないんでしょうね。

…ハァ、こんな性格、変えられないですかね?



願わくば。



あたしは先輩の彼女になりたい。



先輩の笑顔独り占めして。

先輩にお弁当作って。

先輩にいつも見つめてもらって。

先輩に抱きしめてもらって。

先輩にキスしてもらって。

先輩があたしに夢中になって。

先輩の脳内、全てあたしで埋め尽くして。

先輩の目は、常にあたしだけ捉えていて。




イツモ、ドンナ時モ、

先輩ヲ考エテイタイ……。















放課後。



「三ノ矢さん」

「な、何ですか?」



高校1年生になって2ヶ月。

あたしにまだ友達は出来なくて、クラスメイトにはまだ敬語。

まぁこんな派手で、その上先輩が大好きな子と同じクラスだから。

仲良くなんて…出来ない。

したくない。




「放課後、掃除お願いできる?」

「え?ま…またですか…?」

「そうよ。
あたしたちカラオケ行くから」



先輩好きな子たちは、チャラチャラした格好をして、教室を出て行った。



まただ。

また…掃除を押し付けられてしまった。

断りたくても…断ったら何されるか…。

しかも…家に帰る理由がない。

帰りたくない…。



仕方なく、掃除ロッカーから、箒を手に取る。

掃除ロッカーは廊下にあるので、教室へ入ると。

…クスクスと、笑い声がした。












「見てよ。
あの地味子、また掃除しているわ」

「ウケる」

「地味子は掃除するしか取り柄ないものねー」

「地味子っつーか、幽霊じゃねアレは」

「それ言えてるー」



…慣れてる。

地味子と言われるのも、幽霊と言われるのも。

全て…この長い前髪のせいだ。



でもあたしは。

この前髪を切ることは出来ない。

切ったら…何言われるかわからない。

何されるかわからない。




「………」



黙々と掃除をしているうちに、誰も教室にいなくなった。

残されたのは、幽霊みたいに立ちつくすあたしと、あたしの鞄だけ。

あたしの鞄は、何故か埃だらけ。

落ちたにしても、あんなに埃が被るわけない。

…誰かが、意図的にあたしの鞄に埃を乗せたんだ。




こんな些細な嫌がらせはあっても、直接的に何かされたわけじゃない。

しかも、地味子や幽霊などと言われているあたしだから。

こんなことされているのは…慣れている。

今に始まったことじゃない。













あたしは、箒や塵取りを掃除ロッカーへしまい、鞄から埃を取り、肩に掛けた。

…家に帰っても、誰もいないし、やることもない。

だからといって、暇を潰せる場所などない。




…帰ろう。

どうせ帰らなくちゃいけないし…。




ガラッと閉まった扉を開け、正門へ向かうため、左へ曲がった時だ。





ドンッ

誰かにぶつかってしまった。




「…あ、ごめんなさいっ」



あたしは急いで謝った。

制服から見て、あたしより背の高い、男子生徒だとわかった。

でも、ぶつかってしまった人は、何も言ってこない。



「…?」



あたしは顔を上げた。




「……!?」




ぶつかった人を見て、あたしは声なき声をあげた。














「大丈夫?ごめんね。
怪我はないかな?」




ぶつかったのは…

輝飛先輩だった……!




「だ、大丈夫です!
あたしこそ、ごめんなさい!
け、怪我はないですか!?」



思ったより早口になってしまったけど、先輩は楽しそうに笑った。



「大丈夫だよ」



その笑顔は、

決してあたしに向けられないと思っていた笑顔だった。

…眩しいです、輝飛先輩……!




「し、失礼しますっ」




あたしは急いで、頭を下げ、急いで階段を降りた。









「可愛い1年生だなぁ。
ん?何だコレ。
…生徒手帳?
名前が書いてある。

1年2組三ノ矢望愛?
…望愛……?


…見つけた。





俺の
聖女(マリア)……」
















吃驚した…!

まさか輝飛先輩とぶつかるだなんて!




アァ…かっこよかったな、先輩。

シャンプーか何かの爽やかなにおいが、まだ残っている気がする…。

何のにおいかわからないけど…凄く良いにおい。




先輩とぶつかり、ドキドキしながら家へ向かうも。

家へ向かうのと同時に、気持ちもドンドン落ち込んでいく。




「ただいま…」



声を出しても、答えてくれる人はいない。

…当たり前だ。




私はお弁当を洗うため、台所へ向かうための扉を開けた。




すると、リビングのソファーに座っている男の人がいた。

…お兄ちゃんだ。

いたのなら、「お帰り」言ってくれれば良いのに…。




「…ただいま」



一応もう1度言うけど、何もお兄ちゃんは言わない。

借りて来たらしいテレビを見ながら、コーヒーを飲んでいるみたいだ。










最初で最後の、恋だった。

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