最初で最後の、恋だった。







「見てよ。
あの地味子、また掃除しているわ」

「ウケる」

「地味子は掃除するしか取り柄ないものねー」

「地味子っつーか、幽霊じゃねアレは」

「それ言えてるー」



…慣れてる。

地味子と言われるのも、幽霊と言われるのも。

全て…この長い前髪のせいだ。



でもあたしは。

この前髪を切ることは出来ない。

切ったら…何言われるかわからない。

何されるかわからない。




「………」



黙々と掃除をしているうちに、誰も教室にいなくなった。

残されたのは、幽霊みたいに立ちつくすあたしと、あたしの鞄だけ。

あたしの鞄は、何故か埃だらけ。

落ちたにしても、あんなに埃が被るわけない。

…誰かが、意図的にあたしの鞄に埃を乗せたんだ。




こんな些細な嫌がらせはあっても、直接的に何かされたわけじゃない。

しかも、地味子や幽霊などと言われているあたしだから。

こんなことされているのは…慣れている。

今に始まったことじゃない。













あたしは、箒や塵取りを掃除ロッカーへしまい、鞄から埃を取り、肩に掛けた。

…家に帰っても、誰もいないし、やることもない。

だからといって、暇を潰せる場所などない。




…帰ろう。

どうせ帰らなくちゃいけないし…。




ガラッと閉まった扉を開け、正門へ向かうため、左へ曲がった時だ。





ドンッ

誰かにぶつかってしまった。




「…あ、ごめんなさいっ」



あたしは急いで謝った。

制服から見て、あたしより背の高い、男子生徒だとわかった。

でも、ぶつかってしまった人は、何も言ってこない。



「…?」



あたしは顔を上げた。




「……!?」




ぶつかった人を見て、あたしは声なき声をあげた。














「大丈夫?ごめんね。
怪我はないかな?」




ぶつかったのは…

輝飛先輩だった……!




「だ、大丈夫です!
あたしこそ、ごめんなさい!
け、怪我はないですか!?」



思ったより早口になってしまったけど、先輩は楽しそうに笑った。



「大丈夫だよ」



その笑顔は、

決してあたしに向けられないと思っていた笑顔だった。

…眩しいです、輝飛先輩……!




「し、失礼しますっ」




あたしは急いで、頭を下げ、急いで階段を降りた。









「可愛い1年生だなぁ。
ん?何だコレ。
…生徒手帳?
名前が書いてある。

1年2組三ノ矢望愛?
…望愛……?


…見つけた。





俺の
聖女(マリア)……」
















吃驚した…!

まさか輝飛先輩とぶつかるだなんて!




アァ…かっこよかったな、先輩。

シャンプーか何かの爽やかなにおいが、まだ残っている気がする…。

何のにおいかわからないけど…凄く良いにおい。




先輩とぶつかり、ドキドキしながら家へ向かうも。

家へ向かうのと同時に、気持ちもドンドン落ち込んでいく。




「ただいま…」



声を出しても、答えてくれる人はいない。

…当たり前だ。




私はお弁当を洗うため、台所へ向かうための扉を開けた。




すると、リビングのソファーに座っている男の人がいた。

…お兄ちゃんだ。

いたのなら、「お帰り」言ってくれれば良いのに…。




「…ただいま」



一応もう1度言うけど、何もお兄ちゃんは言わない。

借りて来たらしいテレビを見ながら、コーヒーを飲んでいるみたいだ。


















あたしは溜息をバレないようにつき、お弁当を流し台へ置き、水を流す。

…水の音で聞こえなかったんだ。

お兄ちゃんが、後ろに迫っていたことを。




「…おい」

「!?」



振り向いた瞬間。



バシッ

あたしは頬を殴られた。




「…チッ」



頬を殴ったことへの舌打ちだろう。

お兄ちゃんは決して、見えるところは殴らないから。



「お兄ちゃん…」

「…うるせぇ。話すな」



あたしは謝るのを止め、ただ俯いた。




三ノ矢琉威(りゅうい)。

あたしの大学生のお兄ちゃん。

学校では、あたしと違いモテるから、人気者。

でも家ではこうして…暴力を振るう。



でも、あたしは耐えなくちゃいけない。

お兄ちゃんがいなくちゃ…あたしは1人だから。











お父さんとお母さんはいない。

あたしが中2の頃、事故で亡くなった。

両親が生きていた頃は、誰からも羨ましがられる兄妹。

でも両親が亡くなった途端、お兄ちゃんは性格が変わった。



暴力を振るわれる。

話すのはまだ良い方。

時には、存在を消される。



廊下をすれ違う時だ。

あたしはお兄ちゃんが怖くて避けた。

そうしたらお兄ちゃんはいきなり、あたしのお腹を殴った。

くの字にして、あたしはしゃがみ込むと。

お兄ちゃんはそのまま、2階の自室へ向かった。

何も言わずに。



何か言われたのなら、改められる。

でも、何も言われず殴られるのだ。

何が悪いのか…わからない。



「お、兄ちゃ…ん……」

「…気安く呼ぶな」

「何で…あたしを…ッ殴るの?」



散々殴られ、ボロボロの体のまま、あたしは聞く。



「何で?
簡単な理由だよ。
…お前が邪魔だからだよ」



ガシッと足で蹴られる。

蹴られた位置は、丁度ソックスで見えない所。

…よく考えているな、と思う。














「オレ、お前が憎いの。
お前がウザいの。

昔から、父さんも母さんも、お前の味方。
喧嘩して、どう考えてもお前が悪いのに、俺のせいだって言ってた。
…許せなかったんだ。
お前も、父さんも、母さんも。

父さんと母さんが死んで、嬉しかったよ。
もうオレのせいにする奴はいない。
…それなのに、お前が生き残っている。

最初は最悪だと思ったよ。
でも、よく考えれば、お前は生きていて良かったと思う。
だって、お前は最高のオレのストレス発散道具だ。

誰にだって、取り柄はあるものだな」




「アハハ」と笑いながら、お兄ちゃんはあたしを殴る。

あたしを蹴る。




ストレス発散道具…。

あたし、人間と思われていないんだ。

妹と思われていないんだ…。




あたしは泣いた。

お兄ちゃんは再び殴る。蹴る。

「気持ち悪い」って。

何しても、殴られる。蹴られる。

なら抵抗しても、泣いても、怒っても、無駄だ。

…何もしないのが1番だ。

あたしは頑張って耐えた。

ますますブスになったら、輝飛先輩に会えない。




輝飛先輩…。

あたし、




アナタニ、

会イタイ……。















ピーンポーン…




「チッ…誰だよ……。
邪魔しやがって…。
…お前、出ろよ。
オレはいないって言えよ」



お兄ちゃんが2階へ上がったことを確認し、あたしは立ち上がる。

殴られ蹴られた足が痛むけど、ソックスで全て傷は隠せた。

急いで鏡で顔をチェックすると、顔にはどこも傷がない。

そこだけ…お兄ちゃんには感謝している。

目元も、赤くなっていない。

泣いたって、ばれないはずだ。




あたしは急いで、玄関へ向かう。

今の時刻は6時。

帰ってきたのが3時。

…3時間も殴られていたんだ、あたし。

てか、こんな時間に誰だろう?




「どちら様ですか…?」



あたしは扉をゆっくり開けた。

そして訪問者を見て、行動が全て止まった。




「こんばんは」

「えっ…輝飛先輩……!?」



立っていたのは、まだ制服姿で、鞄を背負う輝飛先輩だった。













「アレ?
望愛ちゃん俺のこと知っているの?」

「あ、当たり前じゃないですかっ…。
うちの学校で、先輩を知らない人はいませんよ……」



心臓がドキドキ音を立て始める。

徐々に体温が上がって行くのが、自分でもわかる。




え?

今、先輩…望愛ちゃんって……。

何であたしの名前…?

しかも、何で先輩、住所を…!?




「そうなんだ…。
俺、そんなに有名?」

「はいっ…。
イケメンですし……」

「…そうかなぁ?」



先輩、意外にも天然?



「あの…。
何で先輩、あたしの家と名前を…?」

「ん?
今日、俺ら校内でぶつかったでしょ?
その時にコレ、落としていたから」




輝飛先輩が、ポケットから取り出したのは、あたしの生徒手帳。




「あたしのっ…。
ありがとうございます」

「これに名前と住所載っているでしょ?
勝手に開いて、見ちゃった」


「そうだったんですかっ…。
ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ。
これからは気を付けてね。
…それじゃ、俺はここで」



輝飛先輩は、眩しい笑顔を見せ、帰って行った。