救急が来ることもなく、急変する患者さんもいなく、僕は当直室で読みかけの本を読んでいた。
数ページ読んだところで、ふと瞬の顔が浮かんだ。
「あっ、瞬?」
『ジラフ?どうした?』
電話の向こうの友人はテレビを観ていたようだが、ボリュームを下げてくれ、周囲の音は聞こえなくなった。
「今いいか?」
『あぁ、問題ない。暇してたとこ』
「今さ、立花病院にいて、瞬の愛しの睦美ちゃんがわかったぞ」
わざと挑発するように言うと、瞬は慌てた。
『なっ、ジラフお前』
「睦美ちゃん、かわいいね」
電話越しに焦る瞬をからかうのも悪くないな。
『だろ?でも惚れるなよ』
さっきまで焦っていたと思ったら、急に自信満々に答えたので驚いた。
瞬ってこんなキャラだったけな。
とこれまでの17年を思い返したが、思い当たる節はなかった。
「それより、瞬、上野山のこと」
『ああ、わかってるよ。というか、もうわかったのか?』
「わかるも何も、ナースステーションに来て、『あの子かわいいやろ?』って僕に言ってきたからバレバレだし」
『ははっ』と笑う瞬は、余裕の表情をしているに違いない。
「それより、瞬。お前、上野山の好きな子を知っていたのか?」
そう、それが聞きたかったんだ。
『いや、あの病院に好きな子がいるのは知ってたけど、睦美だとは知らなかった。知ったのは、俺が睦美に声を掛けた後だし』
「それなら・・・」
『それに俺は、上野山が睦美に会う前に、すでに会ってるからな』
「えっ、そうなの?」
僕が驚いた声を出すと、
『まあな、でもそれは睦美にもまだ言ってないから言えない』とだけ言った。
その声色はふざけたものではなく真剣なものだった。
あと、瞬が『俺様ドクター』と呼ばれていることを言おうかと思ったが、やめておいた。