キミが教えてくれたこと



女性にお辞儀をして茉莉花は電車を降りる


改札を出て徒歩で学校に向かう



「わー!見て見て!!」

声のする方を見ると街の大画面テレビに映っている人物を指差していた



《ジョージさん、同性愛者だとカミングアウトされたということですが…》


そこにはインタビューを受けている譲二がいた


《はい、間違いありません》


譲二は笑顔で答える


《僕はずっとその事について悩んでいました。自分自身を押し殺して自分に嘘をついて、何事もなく本当の自分をさらけだせないことを。だけど、そうすることによってだんだん自分が自分では無くなってしまっているみたいでした》

周りの人達も譲二のインタビューに足を止める



《この世界は、まだまだマイノリティへの理解が不足しています。異性と恋をし、異性と結婚し、子供を産むというのが基本とされているからです。でもそれは、僕にとっては生きにくい世の中になっていました。


僕達が知らないだけで世界にはたくさんのLGBTの方々がいます。それなのに、それを理由に小さな世界ではそのこと自体が原因でイジメに繋がっていたり、差別をされたり。どうして同じ人間なのに多様な性を認められないのか、と考えていました。


だから僕がカミングアウトすることによって、そういった方々のほんの少しでもいいから勇気や希望を持ってもらいたかったんです。》


茉莉花もずっとテレビ画面を見ていた


《昔、友達に言われたんです。逃げてもいいって、私が味方だからって。その言葉にすごく救われました。


苦しい場所に留まらなくてもいい。僕がみんなの居場所になりたいって。ただ、それだけです》


「ジョージって男の人が好きだったんだー」


その声に目をやるとテレビ画面を見ていた男女がいた


「んー。でも考えさせられたな。もっとこの人達が生きやすい世の中になればいいのに」


「だねー。広い心が大事だよー」


その言葉に少し驚いた

時代は少しずつ変わってる。人の心も。


ーーそうだよ。自分を理解してくれる場所へ逃げてもいいんだよね


ーー自分で自分を守ってあげていいんだよね


茉莉花は学校へと足を進めた





学校の門をくぐると入学式に参加する数名の在校生が登校している



「あー!茉莉花ちゃんおはよー!」

「茉莉花ちゃんだー!」


『こらー、"林先生"でしょー?』


茉莉花は近付いて来る生徒達に顔を綻ばせる


「俺茉莉花ちゃんのクラスがいいなー」

「私もー!」

「先生、私は?先生のクラス?」

『さー?それはクラス発表の紙を見て、教室に入ってからのお楽しみです』


ええええーと嘆く生徒に早く準備をしなさい、と促すと元気に返事をして下駄箱へ向かっていく後ろ姿を微笑んで見ていた


「…先生」

その声に振り向くと一人の生徒が下を向いて眉間に皺を寄せている


『?どうしたの?』


「俺、入学式で祝辞読まなくちゃいけなくて。舞台に立って話すとかしたことないし…。頭真っ白になって話せなかったらどうしようとか…情けないけど…」


そうして口を噤んでしまった


『大丈夫!』

茉莉花は生徒の肩を叩く


『完璧にしようって思うと力が入っちゃうから、気楽に!肩の力を抜いて、リラックス!』

はい、深呼吸ー!という茉莉花の声に生徒は素直に深呼吸をする


『失敗したっていいんだよ。頭が真っ白になってどうしたらいいかわかんなくなったら先生を見なさい。先生が傍でちゃんとフォローしてあげるから』


生徒は安心したように頷くとありがとうございます、と言って下駄箱へ向かった


ーー私達はきっとどこかで、知らない間に誰かに支えられている


ーーそうやって巡り巡っていくということを



茉莉花は桜吹雪を横目に職員室へ向かった






『おはようございます』


職員室のドアを開けて挨拶をすると教職員達からおはようございます、と返事が返ってきた


茉莉花はそのまま自分の席に向かい鞄から資料を取り出す



「茉莉花せーんせっ」

そこに元気よく近付いて来たのは音楽の桃井先生だった


『桃井先生、おはようございます』

「おはようございます。茉莉花先生、例の件考えてくれました?」

『例の件?』


茉莉花は何のことか分からず頭にクエスチョンマークを浮かべる


「もー!まーた忘れてる!合コンですよ!合コン!」

『ごっ…!?…そういえばお誘い受けてましたね…』


桃井は何度も茉莉花に参加してほしいと頼んでいるが、乗り気ではない当の本人は適当に口実を見つけてはいつもその話題を避けていた



「茉莉花先生、可愛いのに勿体無いです!もっと日常を謳歌しましょうよ!」


『私は別に、そういうの興味がないので…』


「もー!そんなんだからずっと彼氏いないんですよ!」


『…大きなお世話です』


桃井の言葉がグサリと胸に刺さる

そんなことを言ったって、茉莉花にはずっと心に残っている人がいるのだ


「あ、でもー、合コンに行かなくても近場で見つけるっていうのもアリかもしれませんね!」

『…どういうことですか?』


桃井は意味深に笑う


「なんと!今日から新しく赴任される先生がいるんです!」


『はぁ…職場でそういったことは…』


ジャジャーンと効果音が付きそうな桃井の発言に茉莉花はため息をこぼしげんなりするしかなかった



「さっき、チラーっと顔を見たんですけど結構イケメンで愛想も良くって笑うとくしゃーって!茉莉花先生もきっと気に入りますよ!」


『いや、だから、私はそういうのに興味がないって…』


「しかも彼、"奇跡の子"って言われてたんです」


『"奇跡の子"?』


桃井の発言におうむ返しをする


「そう、彼はなんと大事故で…」


桃井が話し始めた時、茉莉花は机の上にあった資料をバサバサと床に落としてしまった

当の桃井は熱弁しており、気付かないのでそのままにし茉莉花は資料を拾い集める








「みなさん、おはようございます。」

職員室の扉が開き、校長と教頭が入って来た

教職員達は次々に挨拶し、椅子から立ち上がり自分の席の前で立つ


「えー、今日は入学式です。生徒達の新しい人生の第一歩という大切な日。無事に1日が終わりますよう、みなさんご協力の程よろしくお願いいたします」


「「よろしくお願いいたします」」


茉莉花は一番後ろで校長に頭を下げる



「では、今日から新しく赴任される先生のご紹介を致します。先生、入ってください」


『あ…』


茉莉花は視線の端に先ほど落としてしまった資料が何枚か机の下に落ちているのが見えた


ガラッと職員室の扉を開ける音が聞こえたが他の人に踏まれてはいけないと注目が前に注がれている間にしゃがみ込み資料を集める


「では、先生、自己紹介を」








「初めまして。僕は以前この学校に在学しており、尊敬する恩師に誓った"教師になる"という目標を叶え今この場に立っています。」


茉莉花は落ちていた最後の一枚の資料を取る手を止めた


その声は聞き覚えがあり、どこか懐かしさを感じた


「まだまだ勉強不足でご迷惑をおかけすると思いますが、至らない点はどんどんご指導ください!よろしくお願いします!!」



「あ、あの…せ、先生、お名前がまだ…」


「あ、そっか」


教員達がクスクス笑っている

だけど、まさか、そんなはず…と茉莉花の頭の中はぐるぐると駆け巡る



ゆっくりと立ち上がり茉莉花は声のする方を見ると彼と目があった


彼は一瞬驚いた顔をしたが、茉莉花を見てすぐに笑顔になる



ーーそしてあなたは教えてくれた












「天野 晴人です。よろしくお願いします。」








ーー奇跡は起きるということを…ー











キミが教えてくれたこと END


最後までお付き合い頂きありがとうございます。

m.a.iと申します。

初めての執筆ですので至らない点が多々あると思いますが、少しでも何か感じてもらえると幸いです。


ここでちょっと裏話しを…


・登場人物の名前について
なんとなーく、自然にちなんだ名前や苗字がいいなというのとポツポツ花の登場があるので全体的に自然でまとめたれ!という安易な気持ちでつけました。笑
(譲二だけは海外でも日本でも通用する名前にしましたが…)


・花言葉
たまに出てくる花の名前と花言葉

グラジオラス…勝利
(第3章 自分が変われば周りも変わるということ)

ポピー…恋の予感・思いやり・陽気で優しい
(第4章 逃げてもいいということ)

グラジオラス…思い出
(第5章 どこかで誰かに支えられているということ)

バーベナ 紫…後悔
(第5章 どこかで誰かに支えられているということ)

シオン…追憶・君を忘れない
(第5章 どこかで誰かに支えられているということ)

桜…優美な女性
(第6章 キミが教えてくれたこと)


実はちょこちょこ出て来た花の名前にはこういった花言葉を調べて文章に入れていました。


・そして二人はどうなったのか
ご想像にお任せします。


と、かっこよく言いたいところですが、何故彼があの場にいたのかあの後はどうなったのかは短編としてまた書いていきたいなと思います。

とりあえずは本編はこれで完結、ということで…。


・最後に
私に出来ることはなにか。
そんなことを考えながら書いた作品です。
自分には何もないってよく思い悩んだ経験があります。
でも、自分が教えてもらったこと学んだこと感動したこと、そういった小さなことでも誰かに伝えることで誰かの生きていく中での頭の端でもいいので思い出してもらえたらな、と思います。
茉莉花もハルトに教えてもらったことを生徒達に伝えている場面があります。
茉莉花の父親からハルトへ、ハルトから茉莉花へ、茉莉花から生徒へ…

そうやって私達は巡り巡って知らないところで誰かに支えられている、そんな気がします。

最後になりましたが、読者の皆様、本当にありがとうございます。
私も皆様に支えられています。

またお会い出来る日まで…



m.a.i

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