その時教室のドアが開き、それと同時に廊下からキャーという女生徒の歓喜が聞こえた
なんだなんだ?とクラス中が騒ぎ出すが、担任が少し早いが席につけーと着席するように促した
「朝のHRの時間には少し早いがみんなに話したいことがある。…入って」
担任がドアの方を向くと長身の外国人が入って来た
堀が深く、白い肌に綺麗なグリーンの目が映える。髪は肩あたりまであり毛先は軽くパーマが当たっており、長袖のワイシャツは七分丈あたりまで折り込み制服のポケットに両手を突っ込んでいる
綺麗な人だなーと頬杖をついて見ているとキャーという歓声が教室に響いた
「うそーー!ジョージだー!!!」
「えーーー!あの!?うそ!本物!?」
「やだーー!死んじゃうーー!!」
女の子達は彼を見るなり立ち上がり飛び跳ねた
男子もヒソヒソと耳打ちをし、すげー!なんて言っている
茉莉花もハルトも誰か分からずはてなマークを頭の上に浮かべ首を傾げている
「まぁみんな知っての通り、彼はモデルの桜庭譲二(さくらば じょうじ)君だ。事情があって今日からうちの生徒になる。卒業まで残り少ない時間だが、みんな仲良くするように」
「「はーーーい♡」」
女子は声を揃えて返事をする
「いつもそうやって聞き分けがよければな…。桜庭君、君の席は林の右隣で。林、手を上げてくれ」
『あ、はい』
担任に言われて右手を上げる
彼は生徒達の視線をもろともせず、無表情で席まで向かい椅子を引いて座った
身長が高い分、机や椅子が小さく見える
茉莉花はちらりと盗み見たが、ダルそうに持って来た本を読んでいる彼を見て特に気にすることなく授業を受けることに専念した
どうやら彼は日本人の父とデンマーク人の母から産まれたハーフらしい
15歳、即ち高校入学と同時に街でスカウトされ今やメンズ雑誌はもちろん女性雑誌にもモデルの彼氏役として登場したり、10代、20代向けのアパレルブランドでは広告塔になってモデルをしているものもあるそうだ
雑誌をあまり読まない茉莉花には関心が薄く、教室の端で山内さんに貸してもらった彼の映っているティーン向けの女性雑誌をペラペラとめくっていた
「確かに…とっても綺麗な顔してるよね…。」
目を輝かせて顔を赤らめ、ため息を吐く百合に珍しい、と思った
『百合は彼みたいな人がタイプなの?』
「すごくタイプ!!」
その言葉に目を丸くした
今までその手のことには皆無で、口を開けばアニメの話しや声優の話をしていたからだ
だって…、と続けて話す百合に耳を傾ける
「彼、きっと魔法美少女戦士に従える騎士の服が似合うんだもの。剣が武器でね、その手捌きが圧巻で敵を倒した後にする仕草なんて…」
『わかった、あなたはコスプレ対象として見ているということね』
百合の暴走を制止し、頭を抱えた
「ねぇねぇ、ジョージ君て今どこに住んでるの?」
「よかったらあたし達この辺り案内するよ!」
声のする方を見るとクラスの女子が群がってヘッドフォンで曲を聴き本を読んでいる譲二の席を囲んでいた
教室のドア付近には他クラスの子達も彼を遠巻きに見ていてなんだか学校中が落ち着かない様子だ
ガタっと音を立てて椅子から立ち、彼はそのまま教室を出て行ってしまった
「あらら、シャイなのかな?」
百合と茉莉花は彼の後姿を見送った
『まぁ転校してそうそう、これだけ人に囲まれたら離れたくなるんじゃないかしら』
手元の雑誌の彼はニヒルな笑みでカメラを見つめている
「笑うと可愛いのにー」
もったいない、と言って茉莉花達は雑誌を閉じた
それからというもの、隣の席の転あったからか校生は一言も発することはおろか、誰とも関わることも無く1日を終えてしまった
「なんだー?あいつ日本語話せねぇのか?」
終礼を終えて足早に教室を出て行く譲二を見ながらハルトが言った
『そういうわけじゃないと思うけど…。授業もちゃんと理解してるみたいだし』
授業中、先生の話していることをノートに書き出しているのを思い出した
『なんだか、人を寄せ付けないオーラ出してるよね』
みんな優しくて良い子なのに…と言って彼の席を通り過ぎる時、横目で彼の座っていた椅子を見た
「………」
『…なによ』
教室を出て人気が無くなってから茉莉花はずっと無言で見つめてくるハルトに問いかける
「いやー…」
言葉を濁し、ふっと笑う彼を茉莉花は目を細めて睨む
「茉莉花もちょっと前まであんな感じだったなって思って」
『え?』
「人を寄せ付けないオーラ全開で、完全シャットアウトだったじゃん」
ハルトの言葉に確かに…と今となっては恥じらいすら覚える
『…また傷つくのが怖かったし、飛び込むことも出来なかった。だったら誰とも関わらないで一人でいた方が楽だって思ってたもの』
本当はそんな人達ばかりじゃないってわかっていたけど、小さい頃の記憶がずっと自分を縛り付けていた
他の人からすると、そんなこと、と思われることも自分には超えられない大きな壁だったのだ
「転校生も一応は華やかな世界にいるわけだし?周りと関わらない事情があるんじゃねぇの?」
『そうだね』
帰り際、小雨が降り茉莉花は鞄の中から折り畳み傘を出した
「梅雨だねぇー…」
ハルトは空を見上げたが、体は全く濡れていない
『…入って』
「え?いや、俺濡れねぇし」
『いいから。わかってるけど、気になるのよ』
雨が降り少し肌寒くなったのでセーターの袖を伸ばして傘の柄を持って言った
ハルトは困ったように笑うと大人しく茉莉花の傘の中に入る
「茉莉花、風邪ひくなよ?」
『…わかってる』
思ってたよりも至近距離になり、顔を赤める
でも、こうしてハルトと一つの傘に一緒に入りたかった
そうすると、ハルトが普通の人間の男の子だと思えるから
茉莉花の心はあったかくなり、ハルトにバレないように伸ばしたセーターの袖で口元を隠した
転校生が来て数日が過ぎたが、今だに彼は誰とも話さない
「す、素晴らしい!!!」
今日の美術の授業は油絵だった
アーティスティックな先生は画材を生徒に渡した後、特にテーマは決めず思い思いのものを書きなさいと楽しそうに言った
男子達はクラスメイトを描いたり、女子は美術室にある物と真剣に向き合ったりと和気藹々としていた所に冒頭の先生の歓喜が溢れる声が響いた
先生が目を輝かせていたのは、転校生、もとい桜庭譲二が描いた絵だった
どれどれ、とクラス全員が彼の絵を観にぞろぞろと集まる
彼の絵は赤や青、黒、ピンク、黄緑、色んな色が使われておりその色達が色んな形をして混雑している
見ていると温かくなるような、それでいて禍々しいような、何とも言えない作品だった
クラスメイトのほとんどがその絵を見て首を傾げ、半分の女子はさすが!とよく分かっていないが絵よりも彼の才能に胸をときめかせる
「このコントラストや色の配置。形で表さず色で魅せている…。そして何よりこの平面な絵なのに立体的に見えたり透明感や濁りもある…なんて独創的で美しいのかしら…」
先生は彼の絵を見て惚れ惚れしていた
「かくして、この絵はどう言った心情でお描きに?」
先生が作者である彼に聞くと、彼は無言で美術室を出て行ってしまった
「あ、ちょっと桜庭君!授業中よ!」
クラスメイトはそのまま静まりかえり、彼の背中を見送るしかできなかった
「…脱走癖があるな」
ハルトはまたか、と言って空中で伸びをしていた
授業が終わり教室に戻ると、転校生は自分の席に座りヘッドフォンをして本を読んでいた
「桜庭君、さっきの絵すごかったね!」
「よく分かんないけど、先生すごい褒めてたよ!」
「よく分かんねぇのかよ!」
クラスメイト達が談笑しながら近付く
「先生すごく絶賛してて、今度の絵画コンクールに応募するーっとか言って…」
「うるさい」
え、と女生徒が言いかけた言葉を止める
「うるさいって言ってんの」
転入して初めて発した言葉にみんな耳を疑った
「絵がどうとか、別にどうでもいいし。僕に関わらないでくれるかな」
彼はそう言うとまた教室を出てってしまった
「…なんだありゃ」
みんなあまりにも見た目とのギャップがありすぎて言葉も出なかった
「ありゃー。茉莉花より重症だなー」
空中で胡座を掻いているハルトをジロリと睨みつけた
お昼休みに入った頃、茉莉花は担任に頼まれていたプリントをみんなの分集めて職員室に向かう
『失礼します。』
引き戸を開けて周りを見渡すと、担任がコーヒーメーカーの前でコーヒーを淹れている所だった
「おー、林悪いな」
カップから湯気が出ていていい香りが広がる
担任は自分の席まで行きコーヒーカップを置いた
茉莉花はそのままプリントを持って担任の机まで行く
『お休みの子以外は全て集めてます』
「おー、ありがとな」
屈託のない笑顔を向けられこちらも笑みを零し、では、と出て行こうとすると林!と呼び止められた
「桜庭はどうだ?みんなとうまくやってるか?」
担任に聞かれ、転校して来た頃からを思い出してみるがハルトの言う通り脱走癖がことしか思い浮かばなかった
『他人と関わることを避けている様に感じます。転校してからみんなの輪の中に入ろうともしていないので…』
やっぱりか…と担任は肩を落とす
「いろいろ事情があって転校して来たんだが…、うちの学校で楽しんでくれたらと思ったんだけどな…」
いろいろな事情と言う部分には突っ込まず、そうですかと返した
「林も今は楽しそうにしてくれてるし、桜庭の気持ちが分かる部分もあるかもしれない。無理にとは言わないが、出来たら歩み寄ってほしい」
俺もいろいろ策を練るよと言う言葉を聞いて茉莉花は職員室を出た
「やっぱ訳ありなんだなー」
『でも、根本的な理由が分からなければ歩み寄るのも難しいような…』
うーん、と顎に手を添えて考えながらハルトとゆっくり話せるように中庭に向かった
いつものベンチが見えてくるとそこには先約がいた
珍しく晴れた今日。太陽が周りにある緑に反射し、暖かい日差しが差し込んでいる
そこにいたのは紛れもなく、先程話に出た転校生で透き通るような白い肌はその光に溶け込んでしまいそうなほど綺麗だった
彼はベンチにもたれ腕を組んで目を閉じて眠っている
地面に落ちた葉っぱを踏んでしまい、カサッという音とともに彼はこちらを向いた
時間にすると1、2秒だったが、その目に見つめられた瞬間、まるで時間が止まった様に感じた
『あ、ごめんなさい』
彼はまたか、と言うようにため息を吐き立ち上がって茉莉花の横を通りすぎる
『ちょ、ちょっと!』
思わず声をかけてしまった
彼は振り返り美しい顔にそぐわないようなキツイ目つきで茉莉花を見た
「さっき言ったの聞こえなかった?僕に関わらないで」
『私は一人でいる寂しさを知ってる』
立ち去ろうとした背中に茉莉花は気にせず言葉をかける
『傷つかないように周りと距離を置いてた』
彼は足を止めた
『そうやって自分を守ってたし、それが正しいと思ってた。』
ただ平穏に、その日を淡々と過ごして同じ毎日を繰り返していた日々があった
『あなたの周りにこの場所じゃなくても、あなたを支えてくれる人がいるならみんなと無理に仲良くなれとは言わない。自分の居場所はどこにだって作れるものだから』
以前は学校じゃなくてもgrazieの店長さん、奥さん、茜さんやパスタがいた
それでも心を開くことは出来なかったけど、ハルトが現れて自分が自分でいられるようになった
『でも、あなたが思っているよりも世界は優しいことを知ってほしい』
彼は何も言わずそのままその場を後にした
「茉莉花の想い、届くといいな」
『…うん』
茉莉花にハルトがいた様に、彼にも支えてもらえる誰かがいることを願った
「なんかさー、あのジョージとかいう転校生マジで喋りかけても無視なんだけど」
ある日の休憩時間、教室ではクラスの男子が購買で販売しているコーヒー牛乳を飲みながら話ているのが聞こえた
みんな彼に関わるな、と言われてから彼の話題を避けていたので自然とクラスメイトの声に振り向く
「モデルとかやってるし、俺ら一般ピーポーとは関わりたくねぇんじゃね?」
先程の言葉を聞いて他の男子が答える
「いいじゃない、王子様ってかんじで」
「なーにが王子様だよ、馬鹿馬鹿しい。」
「あんた達、ジョージ君がカッコいいからってひがんでんじゃないわよ」
いつの間にか男子vs女子の戦いが始まってしまった
「カッコいいのは認めるけど…もう少し心を開いてくれてもいいのに。せめて普通の会話が出来るくらいに…」
彼が写っている雑誌を見ながらクラスの女子がため息を吐いた
「でもあいつ、ゲイだって噂じゃん」
「うわー!っぽいわ!こえー!」
「ありえそー。狙われるかもー!」
ケラケラと笑って話す男子に茉莉花はカチンと来て机を両手で叩いて立ち上がった
その音がかなり大きく教室全体が静まりかえってしまった
『そういう事を笑い話にするのは良くないと思う。仮にそうだったとしても、誰かが誰かを好きになるのに区別する必要はないでしょ?』
「ま、茉莉花ちゃん?」
「茉莉花、落ち着けよ、な?」
珍しく、それも大人数の前で苛立ちながら自分の意見を言う茉莉花に百合もハルトも落ち着かせようとしていた
性別とは程遠い、そもそも人間では無いハルトに惹かれてることさえも否定されているようだった
どうしたって結末はわかっている
それでも好きな気持ちには嘘をつきたくないから。
茉莉花に言葉を投げかけられた男子達はしどろもどろしている
そこにガラッとドアの開く音が聞こえ、みんなが振り返ると譲二が立っていた
「あ、えっと…」
クラス全員が冷や汗を流し、もしや聞かれていたのではとあたふたしていた
ケラケラ笑っていた男子達もバツの悪そうな顔をして視線を泳がしている
そんなクラスメイトに目もくれず、譲二は教室に入り真っ直ぐ自分の席に向かう
と、思いきや譲二は茉莉花の前に立った
『えっ…と…』
間近で見ると今まで出会ったことのない程綺麗な顔で、背も茉莉花よりかなり高く首が少し痛くなる程見上げなければならなかった
茉莉花の席は窓際の一番後ろなので彼が茉莉花の目の前に立つと茉莉花が全く見えなかった
譲二はポケットに両手を突っ込んだまま茉莉花を見ている
「名前は?」
『え?』
「君の名前」
『林…茉莉花…』
突然の問いに戸惑いつつ、自分の名前を伝えると譲二は「茉莉花…」と呟いてふっと笑った
ーーあ、笑った
そう思った瞬間、前が暗くなりクラスメイトの叫び声が聞こえた
「なっ…!!!!」
ハルトも顔を真っ青にして言葉を詰まらせた
それもそのはず、譲二は茉莉花の名前を呟いた後、左手をポケットから出し茉莉花の後頭部を寄せ後ろ髪をくしゃりとするとそのまま顔を近づけ茉莉花にキスをしたのだ
『……え?』
茉莉花は顔を真っ赤にして固まってしまった
周りは女子の悲鳴や男子の雄叫びが教室を掻き鳴らしている
目の前にはニコニコしている譲二
何がなんだかわからなかった
「おい!てめー!茉莉花に何してんだ!!!」
ハルトの背中が見えて茉莉花は我に返る
ちょっと…っとハルトを止めようとしたがチャイムが鳴り、次の担当教科の先生が入って来てしまった
「はーい、授業はじめっぞー。ん?どうした?」
クラスの異変を感じた先生はやけに群がっている茉莉花の周りを見て聞いたが、誰も何も言わず自分の席に向かった
「茉莉花、あとでね」
そう言うと茉莉花の後ろ髪に触れていた手を頬まで滑らし、少し撫でてから自分の席についた
譲二のその行動に茉莉花は顔を赤くしたまま椅子に座り、授業を受ける
ハルトは終始苛立った様子で譲二を睨みつけた
その後からというもの、譲二は休み時間になれば茉莉花の側に行きたわいも無い話をし時にはくっつくなど、スキンシップも激しくなった
「ちょっと桜庭君!」
例によって茉莉花の席に自分の椅子を持って行き、茉莉花に話しかけていると百合が腰に手をあてて譲二に声をかけた
「あなた、ちょっと度が過ぎるんじゃない?」
「そうだそうだ!ゆりりんもっと言ってやれ!!」
ハルトは百合を煽るがもちろん百合には何も聞こえていない
「そうやってベタベタベタベタ彼氏でもないのに…」
「そうだ!離れろ!!!」
「私だって茉莉花ちゃんと一緒にいたいのにずるいじゃない!!」
百合のその叫びを聞いてハルトも茉莉花も項垂れた
「だったら茉莉花の彼氏になるよ。いいでしょ?」
『いや、良くないから』
「てめぇ、調子乗ってんじゃねぇよ!!」
ハルトの怒りもヒートアップしている
このままじゃ埒があかないと思い、茉莉花は椅子を引いてその場を離れようとする
「茉莉花ちゃん、どこ行くの!?」
「茉莉花!」
譲二の横を通り過ぎようとした時、腕を掴まれた
「…僕から離れないでよ」
まるで子犬に見つめられているかのように愛らしく潤んだ瞳を見て顔を赤くしたが、なんとか理性を取り戻し腕を払うと走って教室を出た
「茉莉花ー!どこに行ったのー?」
「茉莉花ちゃーん!私達の方が仲良しだよねー!?」
百合と譲二が追いかけて来て茉莉花を呼ぶが、茉莉花は中庭の木の陰に隠れて二人が立ち去るのを待っていた
二人がああだこうだと言い合いをして中庭から居なくなったのを確認して茉莉花は大きくため息を吐いた
『一体何だって言うのよ…』
何か意図があるのか、それとも彼のとんでもないスイッチを押してしまったのかえらく懐かれてしまったみたいだ
「…おい」
『え?』
いつもより低い声で名前を呼ばれ振り向くと、ハルトは手の甲で茉莉花の口元をゴシゴシと拭く仕草をみせている
だが、案の定茉莉花には触れることなどできず、クソッ!と苛立っている様子だった
『…何をしてるの?』
「拭いてんだよ!アイツ…!茉莉花にっ…その…き、キスなんてしやがって!!」
余程ハルトにとって恥ずかしい単語だったのか、顔を赤くして怒っていた
『…口にはされてないわよ。頰っぺたに少し…』
「え?」
ハルトは素っ頓狂な顔をして茉莉花を見るが、でも!と次は頬を拭く素振りを見せた
「茉莉花も茉莉花だろ!黙ってされてんじゃねぇよ!」
『そんなこと言われたって仕方ないじゃない!いきなりだったんだもん!避けれるわけないでしょ!』
「でもされた時だって振り払わずされるがままだったじゃねぇかよ!」
『驚いて何も出来なかったのよ!』
「いいや、どうだかなー?モデルとかやってるやつだし?所詮イケメンだし?されてラッキーとか思ってたんじゃねぇの?」
茉莉花はハルトの言葉にカチンと来て険しい顔になる
ハルトはそんな茉莉花を見てたじろいだが、もう引き返すことが出来なかった
『私が誰と何しようとハルトには関係ないでしょ!』
そう言ってそっぽを向く茉莉花に次はハルトがカチンと来てしまい収拾がつかなくなってしまった
「ああ、そうかよ!じゃあ勝手にしろよ!イケメンモデルとイチャイチャしてろ!どうせ俺には全く関係ないことだしな!」
ハルトはクルッと茉莉花に背を向け空を飛んで行った
「ぬおおおおおおおお!!!」
少し遠くから久しぶりにハルトの雄叫びが聞こえる
「くそっ…忘れてた…」
理由はまだ解明されていないが、そういえば離れてしまうと体に電流が走るシステムだったことを思い出し心底嫌気がさした
『馬鹿じゃないの』
茉莉花はそんなハルトを見て心配の声もかけずに教室に歩いて行ってしまった
渡り廊下を歩いて教室に向かっていると、みんなチラチラと茉莉花を見て耳打ちをしているのが見える
きっと、あの桜庭譲二とキスをした女子だと噂されているのだろう
だがあの時、身長差でみんなには見えなかったが口にされたわけではなくハルトに伝えた通り、頬に少し唇が当たるくらいで茉莉花にとっては犬に甘噛みされたくらいにしか思わなかった
そんな状況を一人一人に説明出来るはずがなく、噂が噂を呼び尾を引いてきっといろんな話が飛び交っているのだろう
茉莉花は少し不安になりハルトを見ようとしたが、先程言い合ってしまったからどんな顔をして見ればいいかわからず下を向いて教室に向かうのが精一杯だった
教室のドアを開けると茉莉花を探していた譲二と百合が戻って来ており、譲二は自分の席に百合はクラスメイトと話ていた
二人共茉莉花に気付くと嬉しそうに笑顔を作り、譲二はすぐさま茉莉花に駆け寄る
「茉莉花、探したんだよ!わからないところがあるから教えて欲しいんだ」
手を引かれて席に誘導されている最中、ハルトが不機嫌そうに目を細めているのが横目で見えた
「ここなんだけどね…」
席に座るとさっそく教科書を開き、茉莉花に見せる
『桜庭君』
「譲二でいいよ。なに?茉莉花」
譲二はニコニコと茉莉花を見る
『…譲二。誰とも関わりを持たなかったあなたが何故私に話掛けて来てくれるようになったかは分からないけど、クラスのみんなあなたと仲良くなりたいと思ってるの。みんないい子だし、私以外とも話してみるべきだと思う』
譲二はシュンとなり、まるで飼い主に叱られた大型犬のようだ
「…茉莉花は他の人と違う。茉莉花は僕にとってヒーローだ」
なんだかどこかで聞いたようなセリフだ
「茉莉花は誰も区別しない。誰よりも優しい。…あの日、中庭で話してくれた時から僕はちゃんと茉莉花を見てるよ。僕の居場所は茉莉花の隣だよ」
吸い込まれそうな綺麗な瞳。
やっと見つけた居場所が自分の隣だと言われると、無下に出来ない
でもクラスのみんなはいい子ばかりなのでみんなのことも見てあげてほしい
それにハルトに勘違いされるのが切なく、苦しい。でも素直になれないし、気持ちを告げたところで茉莉花とハルトの関係がこれから先続くと保証もなければ、ハルトが自分のことをどう思っているかも自信が無い。
どうすればいいのか、と茉莉花は目を伏せた
そんな茉莉花を見て譲二も眉を寄せた
「ごめん、そんな顔させたいわけじゃないんだ。茉莉花は…僕が側にいると迷惑?」
『別に、そういうわけじゃないけど…』
「ほんと!?」
苦しそうな表情で投げかけられた質問にそう答えると、先程の表情とは一変しひと懐っこい笑顔で切り返されたのを見て騙された、と思った
後ろからはハルトのため息が聞こえた
「茉莉花はお人好しすぎるんだよ!」
学校が終わり、パスタを迎えに行った後自宅に入るなりハルトが言い放った
「あんなの茉莉花の気を引かせるために付きまとってんだよ!」
『そういうわけじゃないと思うけど…。どちらかと言うと百合のように話せる相手が出来たことが嬉しいだけじゃ…』
確実ではないが、そう感じた
男女の関係や恋愛感情というより、心を開ける相手として見てくれているように思う
発言こそ女の子が喜びそうなことを言うが、どれも茉莉花にとって本気で言われているようには感じないのだ
「ちょっと男にチヤホヤされるとこれだもんなー、あーやだやだ。俺もイケメンに生まれたかったよ!」
ハルトは宙を漂い拗ねて部屋の奥へと行ってしまった
『先生も言ってたでしょ?転校してきたのには事情があるって。きっと彼も何か抱えてるのよ』
「…知ったこっちゃねぇよ」
ハルトは振り返らず宙で胡座をかいたままだ
『私には、ハルトがいたけど彼には支えてくれる人がいないのかも。ハルトにしてもらったように、私も誰かを支えてあげたいの』
「………」
分かっていた、これはただの嫉妬で茉莉花は言い寄られてるから彼に優しくしてるわけではないと
「それでも…」
ハルトはゆっくりと振り返る
茉莉花は驚いた
ハルトは今まで見たことない程、弱々しい表情をしていたから
「もし、仮に…お前に何かあった時、俺はただ見てるだけで何も出来ない。この手で、お前を守ってやることも出来ないんだ」
視線を自分の両手に向けたハルトは広げた手をぎゅっと握りしめた
あの日、あの体育祭の時に思い知った
ゴール前でゆっくり地面に向かって倒れていく茉莉花を支えようと出した手は、そのまま茉莉花を受け止めることもなく空を切っていた
この体は役立たずで、意味のないものだ
すっ、と自身の手に誰かの手が重なるのが見えた
それは言わずもがな茉莉花の手で、優しく包み込むように握る素振りをみせる
『触れられなくても、ちゃんと伝わってるよ。ちゃんと心で感じるから、だから大丈夫』
支えてあげたいと思っていたはずが、いつの間にかハルトも茉莉花に支えられていたことに気付く
自分が何者かかも分からず、長い夜を過ごしどうすればいいか分からなかった自分の目の前に現れた彼女は、温かく居場所を作ってくれた
「…、あんま他の男とイチャイチャすんじゃねぇぞ」
『…馬鹿ね』
茉莉花は眉を下げて困ったように笑った