キミが教えてくれたこと



午後の部が始まり、みんなそれぞれの種目に励んだ

二人三脚や綱引き、玉入れなど力を合わせて得点を稼ぐ競技が多くなる

「いえーい!追いついて来たぜー!」

そんな中、茉莉花のクラスは3位から2位まで持ち上がり1位との差は僅か5点となった

「…とうとうだな」

そう、この体育祭最後の競技、クラス対抗リレーが始まる


このリレーで今年の勝敗が決まる

茉莉花のクラスが1位を取れば10点獲得で学年1位となる

茉莉花はプレッシャーで押しつぶされそうだった

「大丈夫、あれだけ練習したんだ。肩の力抜いて、練習の時と同じ様に走ればいいだけだから」

ハルトが整列している茉莉花に優しく声をかけた

顔を強張らせて頷く

「俺が傍にいてやるから、な?」


横から覗く様に言われ驚き顔を赤める


「クラス対抗リレー参加の人こちらにー!」


誘導の声が聞こえそのままトラックの内側まで行く

第一走者のクラスメイトがスタート地点に立った

「よーい…!」

その声の後に響き渡るような音でパンッと運動場にスタートの合図が鳴る

勢いよくダッシュしトラックの周りを走るクラスメイトは、スタートは良かったものの相手が悪かったのか3人ほどに抜かされてしまった

「っわりぃ!!」

なんとかバトンを繋いだ時には一人追い抜いたがそれでも前に二人走っている

二番目はクラスの女子だ

他の走者に男の子もいるが、女子も何人かいてそのままの順位をなんとかキープして走っていた

苦しさが物語る表情で三番目のクラスメイトにバトンを渡しす


「っ…お願い!!」

「任せろ!」


しっかりとバトンを受け取り前を向いて走り出した
次は女子の走者が多かったため、前の二人を追い越しさらに二番目の走者との距離を引き離した

茉莉花のクラスは一層盛り上がり、声援がトラックの内側まで聞こえる


茉莉花はスタート地点に行き深呼吸した


『…大丈夫。絶対大丈夫』

心を落ち着かせて振り向くとクラスメイトがこちらに向かって走っている

「林さーーん!!」

前に出されたバトンをしっかりキャッチし、茉莉花は走り出した


トラックを颯爽と走っている姿を見て茉莉花のクラスは一瞬息を飲んだ


「え、林さん足速くなってない?」

「すごい!なんでなんで!?」


クラスメイト中騒めき、戸惑いと歓喜に溢れた


「茉莉花ちゃん、みんなに内緒でこっそり一人で練習してたんだよ」

百合は茉莉花の走っている姿を見ながら嬉しそうに言った

百合のその言葉を聞いてみんなが心を打たれ会場と称したトラックとクラス座席を仕切るロープまで近付き大きな声で声援を送った


「林さーーーん!頑張れーー!」

「そのままぶっちぎりだーー!!」

「頑張れーーー!!!」

クラスメイトの声が茉莉花の元にも届く

ただ全力疾走のため、みんなに応える気力もないままゴールを目指す


ゴールテープが見えあと5m程でゴールだ

クラスメイトも飛び跳ね喜んでいる

ハルトも安心したように笑った


『…っ!』


が、その瞬間茉莉花は足元が絡み前に倒れる


「茉莉花!!」

ハルトが急いで近付き倒れそうな茉莉花を支えようとしたが、茉莉花はハルトを貫通しそのまま砂の擦れる音と一緒に地面に倒れてしまった







『いっ…た…っ』

足が地面に擦れてしまい激しい痛みが走った


「茉莉花!大丈夫か!?」

ハルトは助けようとした手を一度ぎゅっと握りしめ、茉莉花の側にしゃがんだ


後ろからは引き離していたはずの他クラスの子達が次々とゴールしていく

茉莉花は申し訳なさと足の痛みで目を潤ませた

みんなの歓声や心配の声が耳を掠める

でもどうしても立てなかった。みんなに迷惑をかけてしまったことに、どんな顔で起き上がればいいのか到底わからなかったから


『…っく』

一粒の涙が頬に落ちそうになった時、ハルトは何も言わずくるりと後ろを向いて飛んで行ってしまった

ハルトも、こんな私の姿に呆れたのかな…と思っていたその時、


「茉莉花!!!」

顔を上げるとハルトがゴールテープの向こう側で叫んでいる


「お前が今負けてるのは自分自身だ!!そんな茉莉花俺は見たくねぇぞ!!」

ハルトが必死に茉莉花に訴えている姿が目に飛び込んだ

『は…ると…』

そうだ、このままここいたら今まで練習に付き合ってくれたハルトの気持ちも踏み躙ってしまう

「心配すんな!!言っただろ!傍にいてやるって!」


だから最後まで頑張れ!!

ハルトの言葉で溢れそうになった涙をなんとか堪えた

ふと左手首に百合からもらったリストブーケを見る

『そうだね…』

ーー私は、弱い自分に負けたくない

なんとか体を起こし、足を引きずりゴールまで向かう

走者はみんなゴールしており、茉莉花だけが残っていた


茉莉花の両膝からは痛々しく血が滲んでおり、着ている白いパーカーも砂だらけだ

そんな姿を見て茉莉花のクラスメイトはゴール付近まで走り、規制線であるロープまで前に行き茉莉花を応援した


「林さーん!もうちょっとだ!頑張れー!!」

「茉莉花ちゃん、ゆっくりでいいからね!!」

「がんばれー!!」

「林さーーーん!」

クラスメイトの声に励まされゴールテープまであと少しの距離

ハルトが微笑んで両腕を広げて待っている


「俺の胸に飛び込んで来い」

どこかで聞いた事のあるようなクサイ台詞。
その言葉に茉莉花は

『馬鹿じゃないの』と言って微笑みながら白いテープを切り、ハルトの胸に倒れ込むようにその場にふらっと前のめりになった
ハルトはそんな茉莉花を抱きとめるように腕を回す

空を切り、茉莉花の足はジャリっと運動場の砂を擦り力なくその場で座り込んだ
両膝がジンジンと痛み出す

「林さーーーん!!」

「すげぇよ!マジすげぇよ!!超速かった!!」

「私感動しちゃったよー!」

茉莉花の元にリレーに参加していたクラスメイトが走って来た


『ごめん…私、転んじゃって…』

下を向いていると頬を両手で包まれてくいっと顔を上げさせられた


「全然ごめんじゃないよ!!林さん、すっごくすっごく頑張ってたもん!」

目を潤ませながらそう言ったクラスの女子に茉莉花は安心した笑みを零した

林さーん!お疲れ様ー!と大勢の声が聞こえて振り返るとロープ越しにクラス全員が手を降っていた

茉莉花は左手首のリストブーケを見た後、その腕を大きく上に上げてピースサインをした


みんなさらに歓喜に溢れた


「…勝ったの俺らだよな?」

「なんか持ってかれてね?」

一位のクラスがそう言っていたのは、茉莉花のクラス全員誰も知らない




「今先生呼んでくるから、ちょっと待っててね」

茉莉花は百合に付き添われながら保健室に移動した

外では全校生徒が整列し、得点発表を待っている

『あーあ、負けちゃった』

ベッドの端に座って上体を後ろにし、両腕で体を支え天を仰いだ


「2位だろ?すげぇじゃん」

『私があそこで転ばなかったら1位だったもん』

拗ねたように下を向き床から浮いている足を揺らす

血が滲んでいるところから少し痛みが出る


「…努力ってさ、必ずみんな報われるわけじゃねぇけどそれまでの過程は絶対裏切らねぇよ」

ハルトは茉莉花の前にしゃがみ込み見上げた


「1位取るより大切なもん、いっぱい手に入れただろ?」

クラスメイトとの交流、信頼、優しさ、どれも手に取るには零れ落ちてしまうような温かいものだった

それを一つ残さず手に取れた気がした


『…うん。そうだね』

微笑むとハルトは驚いて顔を赤くしてそっぽを向いた


「それに…あー、なんだ…」

歯切れ悪くハルトは頭を掻く


「…すげぇカッコ良かったよ、茉莉花。見直したっつーか、なんつーか…」

『なによ?』

そっぽを向いている方に顔を向け自身の顔を近づけて問いただすと面白い程に焦っていた

いつもハルトにされている仕返しだ

ハルトは茉莉花の後ろに逃げてベッドの上に胡座をかいて座る

ちょうど背中合わせになってハルトの顔は見えなくなった


「…俺はそういう茉莉花、良いと思うよ」

本当はもっと伝えたいことがあるのになんか違う…!と眉間に皺を寄せハルトは激しく頭を掻いた

そんなハルトを振り返り見ていると髪から覗く耳は真っ赤になっていて、バレないようにクスッと笑った


『ハルト…?』

「…なんだよ」

『ハルトと出会えてよかったよ』

「!………ばーか」



俺もだよ、と小さく呟くハルトの声を聞いてまるで背中合わせで寄りかかっているかのようにハルトに身を寄せた


高校最後の体育祭、総合結果は2位。だと思いきや女装リレーでのまさかの投票結果1位

その投票得点が加算され、茉莉花のクラスは見事学年1位となった


「よくやったー!!」

「女装万歳!!」

「フーーー!!」


「ちょ!集団でスカートめくるのやめろってー!!」

投票一位を獲得した生徒は歓喜のあまりふざけてスカートをめくってくるクラスメイト達から逃げ回っていた

そして彼が女装に目覚めたかどうかは、また別の話し…














ジメジメとした6月、街では梅雨入りしたという

連日の雨で洗濯物がなかなか干せなくてなんだか憂鬱になっていた茉莉花だが、あの体育祭以降クラスメイトと仲良くなり憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれるほど元気な彼女達に救われていた


「でー、うちの彼氏が実はサプライズで家の下にいて〜」

「きゃー!失神!!!」

今は百合と一緒にクラスの女子、山内(やまうち)さん、道下(みちした)さんと恋バナをしている

隣のクラスの男子と付き合っている山内さんの馴れ初めを聞いているところだった

「いいなー、私にも現れないかなー…王子様」

百合がそう呟いたのを聞いて、あなたが探してるのは二次元の王子様でしょ、と心の中で思った


「林さんはー?」

『え?』

ぼーっと百合を見ていると道下さんに声を掛けられた

「そういえば茉莉花ちゃんのそういう話聞いたことないや…」

「いないの!?好きな人とか、気になる人!」

山内さんが身を乗り出して茉莉花に詰め寄る

『気になる人…っていうか…』

山内さんの肩越しにハルトを見た

ハルトは教卓にたむろしている男子達が楽しそうに読んでいる週刊漫画を一緒になって見ている

時折、その漫画を見て笑っていて幽霊で無ければそこにいるのが自然に見える程だ


「楓太(ふうた)は!?」

『え?』

「楓太って、麻生(あそう)くんのこと?」

「いいー!アイツこないだ林さんのこと可愛いとか言ってたし!」

茉莉花と百合は顔を見合わせる


『麻生くんて…体育祭で女装してた…あの?』

「そうそう!私楓太と幼馴染なんだけど、優しいっていうか気弱っていうかさー…」


「おい、何堂々と悪口言ってんだよー」

道下さんが麻生くんの話をしていると、後ろから本人が登場し道下さんは一瞬肩を跳ねさせた

「ちょっとー、女子の会話に割り込まないでよね!変態!」

「誰が変態だよ!」

「せっかく楓太が林さんの事可愛いって言ってたって教えてあげてたとこなのにー」

「おま!そういうこと本人に言うなよ!!」

「だってほんとのことでしょー!?」

顔を真っ赤にさせて道下さんを怒鳴りつけるが、道下さんにはまるで効き目がないようでニヤニヤと目を細めて彼を見ている

「二人が付き合えばいいのに」

机に肘をついて両手に顎を置いて一部始終を見ていた百合がボソッとそう言ったのを聞いて、二人とも勢いよく百合を見た


「「コイツとは絶対ない!!!」」


タイミングよく被ったそのセリフでさえも二人にとっては喧嘩の材料になるのか、真似するな!とまた言い合いが始まってしまった




その時教室のドアが開き、それと同時に廊下からキャーという女生徒の歓喜が聞こえた

なんだなんだ?とクラス中が騒ぎ出すが、担任が少し早いが席につけーと着席するように促した


「朝のHRの時間には少し早いがみんなに話したいことがある。…入って」

担任がドアの方を向くと長身の外国人が入って来た

堀が深く、白い肌に綺麗なグリーンの目が映える。髪は肩あたりまであり毛先は軽くパーマが当たっており、長袖のワイシャツは七分丈あたりまで折り込み制服のポケットに両手を突っ込んでいる

綺麗な人だなーと頬杖をついて見ているとキャーという歓声が教室に響いた


「うそーー!ジョージだー!!!」

「えーーー!あの!?うそ!本物!?」

「やだーー!死んじゃうーー!!」

女の子達は彼を見るなり立ち上がり飛び跳ねた

男子もヒソヒソと耳打ちをし、すげー!なんて言っている


茉莉花もハルトも誰か分からずはてなマークを頭の上に浮かべ首を傾げている


「まぁみんな知っての通り、彼はモデルの桜庭譲二(さくらば じょうじ)君だ。事情があって今日からうちの生徒になる。卒業まで残り少ない時間だが、みんな仲良くするように」


「「はーーーい♡」」

女子は声を揃えて返事をする

「いつもそうやって聞き分けがよければな…。桜庭君、君の席は林の右隣で。林、手を上げてくれ」

『あ、はい』

担任に言われて右手を上げる


彼は生徒達の視線をもろともせず、無表情で席まで向かい椅子を引いて座った

身長が高い分、机や椅子が小さく見える

茉莉花はちらりと盗み見たが、ダルそうに持って来た本を読んでいる彼を見て特に気にすることなく授業を受けることに専念した


どうやら彼は日本人の父とデンマーク人の母から産まれたハーフらしい

15歳、即ち高校入学と同時に街でスカウトされ今やメンズ雑誌はもちろん女性雑誌にもモデルの彼氏役として登場したり、10代、20代向けのアパレルブランドでは広告塔になってモデルをしているものもあるそうだ

雑誌をあまり読まない茉莉花には関心が薄く、教室の端で山内さんに貸してもらった彼の映っているティーン向けの女性雑誌をペラペラとめくっていた

「確かに…とっても綺麗な顔してるよね…。」

目を輝かせて顔を赤らめ、ため息を吐く百合に珍しい、と思った


『百合は彼みたいな人がタイプなの?』

「すごくタイプ!!」

その言葉に目を丸くした

今までその手のことには皆無で、口を開けばアニメの話しや声優の話をしていたからだ

だって…、と続けて話す百合に耳を傾ける



「彼、きっと魔法美少女戦士に従える騎士の服が似合うんだもの。剣が武器でね、その手捌きが圧巻で敵を倒した後にする仕草なんて…」

『わかった、あなたはコスプレ対象として見ているということね』


百合の暴走を制止し、頭を抱えた







「ねぇねぇ、ジョージ君て今どこに住んでるの?」

「よかったらあたし達この辺り案内するよ!」


声のする方を見るとクラスの女子が群がってヘッドフォンで曲を聴き本を読んでいる譲二の席を囲んでいた

教室のドア付近には他クラスの子達も彼を遠巻きに見ていてなんだか学校中が落ち着かない様子だ


ガタっと音を立てて椅子から立ち、彼はそのまま教室を出て行ってしまった

「あらら、シャイなのかな?」

百合と茉莉花は彼の後姿を見送った

『まぁ転校してそうそう、これだけ人に囲まれたら離れたくなるんじゃないかしら』

手元の雑誌の彼はニヒルな笑みでカメラを見つめている

「笑うと可愛いのにー」

もったいない、と言って茉莉花達は雑誌を閉じた

それからというもの、隣の席の転あったからか校生は一言も発することはおろか、誰とも関わることも無く1日を終えてしまった


「なんだー?あいつ日本語話せねぇのか?」

終礼を終えて足早に教室を出て行く譲二を見ながらハルトが言った

『そういうわけじゃないと思うけど…。授業もちゃんと理解してるみたいだし』

授業中、先生の話していることをノートに書き出しているのを思い出した

『なんだか、人を寄せ付けないオーラ出してるよね』

みんな優しくて良い子なのに…と言って彼の席を通り過ぎる時、横目で彼の座っていた椅子を見た

「………」


『…なによ』

教室を出て人気が無くなってから茉莉花はずっと無言で見つめてくるハルトに問いかける


「いやー…」

言葉を濁し、ふっと笑う彼を茉莉花は目を細めて睨む

「茉莉花もちょっと前まであんな感じだったなって思って」

『え?』

「人を寄せ付けないオーラ全開で、完全シャットアウトだったじゃん」

ハルトの言葉に確かに…と今となっては恥じらいすら覚える


『…また傷つくのが怖かったし、飛び込むことも出来なかった。だったら誰とも関わらないで一人でいた方が楽だって思ってたもの』

本当はそんな人達ばかりじゃないってわかっていたけど、小さい頃の記憶がずっと自分を縛り付けていた

他の人からすると、そんなこと、と思われることも自分には超えられない大きな壁だったのだ


「転校生も一応は華やかな世界にいるわけだし?周りと関わらない事情があるんじゃねぇの?」


『そうだね』


帰り際、小雨が降り茉莉花は鞄の中から折り畳み傘を出した


「梅雨だねぇー…」

ハルトは空を見上げたが、体は全く濡れていない

『…入って』

「え?いや、俺濡れねぇし」

『いいから。わかってるけど、気になるのよ』

雨が降り少し肌寒くなったのでセーターの袖を伸ばして傘の柄を持って言った

ハルトは困ったように笑うと大人しく茉莉花の傘の中に入る

「茉莉花、風邪ひくなよ?」

『…わかってる』

思ってたよりも至近距離になり、顔を赤める

でも、こうしてハルトと一つの傘に一緒に入りたかった

そうすると、ハルトが普通の人間の男の子だと思えるから


茉莉花の心はあったかくなり、ハルトにバレないように伸ばしたセーターの袖で口元を隠した





転校生が来て数日が過ぎたが、今だに彼は誰とも話さない

「す、素晴らしい!!!」

今日の美術の授業は油絵だった

アーティスティックな先生は画材を生徒に渡した後、特にテーマは決めず思い思いのものを書きなさいと楽しそうに言った

男子達はクラスメイトを描いたり、女子は美術室にある物と真剣に向き合ったりと和気藹々としていた所に冒頭の先生の歓喜が溢れる声が響いた


先生が目を輝かせていたのは、転校生、もとい桜庭譲二が描いた絵だった

どれどれ、とクラス全員が彼の絵を観にぞろぞろと集まる

彼の絵は赤や青、黒、ピンク、黄緑、色んな色が使われておりその色達が色んな形をして混雑している

見ていると温かくなるような、それでいて禍々しいような、何とも言えない作品だった

クラスメイトのほとんどがその絵を見て首を傾げ、半分の女子はさすが!とよく分かっていないが絵よりも彼の才能に胸をときめかせる


「このコントラストや色の配置。形で表さず色で魅せている…。そして何よりこの平面な絵なのに立体的に見えたり透明感や濁りもある…なんて独創的で美しいのかしら…」

先生は彼の絵を見て惚れ惚れしていた

「かくして、この絵はどう言った心情でお描きに?」

先生が作者である彼に聞くと、彼は無言で美術室を出て行ってしまった

「あ、ちょっと桜庭君!授業中よ!」

クラスメイトはそのまま静まりかえり、彼の背中を見送るしかできなかった


「…脱走癖があるな」

ハルトはまたか、と言って空中で伸びをしていた


授業が終わり教室に戻ると、転校生は自分の席に座りヘッドフォンをして本を読んでいた


「桜庭君、さっきの絵すごかったね!」

「よく分かんないけど、先生すごい褒めてたよ!」

「よく分かんねぇのかよ!」

クラスメイト達が談笑しながら近付く

「先生すごく絶賛してて、今度の絵画コンクールに応募するーっとか言って…」

「うるさい」


え、と女生徒が言いかけた言葉を止める

「うるさいって言ってんの」

転入して初めて発した言葉にみんな耳を疑った

「絵がどうとか、別にどうでもいいし。僕に関わらないでくれるかな」

彼はそう言うとまた教室を出てってしまった


「…なんだありゃ」

みんなあまりにも見た目とのギャップがありすぎて言葉も出なかった


「ありゃー。茉莉花より重症だなー」

空中で胡座を掻いているハルトをジロリと睨みつけた




お昼休みに入った頃、茉莉花は担任に頼まれていたプリントをみんなの分集めて職員室に向かう


『失礼します。』

引き戸を開けて周りを見渡すと、担任がコーヒーメーカーの前でコーヒーを淹れている所だった

「おー、林悪いな」

カップから湯気が出ていていい香りが広がる

担任は自分の席まで行きコーヒーカップを置いた

茉莉花はそのままプリントを持って担任の机まで行く


『お休みの子以外は全て集めてます』

「おー、ありがとな」

屈託のない笑顔を向けられこちらも笑みを零し、では、と出て行こうとすると林!と呼び止められた


「桜庭はどうだ?みんなとうまくやってるか?」


担任に聞かれ、転校して来た頃からを思い出してみるがハルトの言う通り脱走癖がことしか思い浮かばなかった


『他人と関わることを避けている様に感じます。転校してからみんなの輪の中に入ろうともしていないので…』

やっぱりか…と担任は肩を落とす


「いろいろ事情があって転校して来たんだが…、うちの学校で楽しんでくれたらと思ったんだけどな…」

いろいろな事情と言う部分には突っ込まず、そうですかと返した


「林も今は楽しそうにしてくれてるし、桜庭の気持ちが分かる部分もあるかもしれない。無理にとは言わないが、出来たら歩み寄ってほしい」

俺もいろいろ策を練るよと言う言葉を聞いて茉莉花は職員室を出た



「やっぱ訳ありなんだなー」

『でも、根本的な理由が分からなければ歩み寄るのも難しいような…』

うーん、と顎に手を添えて考えながらハルトとゆっくり話せるように中庭に向かった


いつものベンチが見えてくるとそこには先約がいた

珍しく晴れた今日。太陽が周りにある緑に反射し、暖かい日差しが差し込んでいる

そこにいたのは紛れもなく、先程話に出た転校生で透き通るような白い肌はその光に溶け込んでしまいそうなほど綺麗だった


彼はベンチにもたれ腕を組んで目を閉じて眠っている

地面に落ちた葉っぱを踏んでしまい、カサッという音とともに彼はこちらを向いた

時間にすると1、2秒だったが、その目に見つめられた瞬間、まるで時間が止まった様に感じた


『あ、ごめんなさい』

彼はまたか、と言うようにため息を吐き立ち上がって茉莉花の横を通りすぎる

『ちょ、ちょっと!』

思わず声をかけてしまった

彼は振り返り美しい顔にそぐわないようなキツイ目つきで茉莉花を見た






「さっき言ったの聞こえなかった?僕に関わらないで」


『私は一人でいる寂しさを知ってる』


立ち去ろうとした背中に茉莉花は気にせず言葉をかける

『傷つかないように周りと距離を置いてた』

彼は足を止めた

『そうやって自分を守ってたし、それが正しいと思ってた。』

ただ平穏に、その日を淡々と過ごして同じ毎日を繰り返していた日々があった


『あなたの周りにこの場所じゃなくても、あなたを支えてくれる人がいるならみんなと無理に仲良くなれとは言わない。自分の居場所はどこにだって作れるものだから』

以前は学校じゃなくてもgrazieの店長さん、奥さん、茜さんやパスタがいた

それでも心を開くことは出来なかったけど、ハルトが現れて自分が自分でいられるようになった

『でも、あなたが思っているよりも世界は優しいことを知ってほしい』


彼は何も言わずそのままその場を後にした


「茉莉花の想い、届くといいな」

『…うん』

茉莉花にハルトがいた様に、彼にも支えてもらえる誰かがいることを願った


「なんかさー、あのジョージとかいう転校生マジで喋りかけても無視なんだけど」

ある日の休憩時間、教室ではクラスの男子が購買で販売しているコーヒー牛乳を飲みながら話ているのが聞こえた

みんな彼に関わるな、と言われてから彼の話題を避けていたので自然とクラスメイトの声に振り向く

「モデルとかやってるし、俺ら一般ピーポーとは関わりたくねぇんじゃね?」

先程の言葉を聞いて他の男子が答える


「いいじゃない、王子様ってかんじで」

「なーにが王子様だよ、馬鹿馬鹿しい。」

「あんた達、ジョージ君がカッコいいからってひがんでんじゃないわよ」

いつの間にか男子vs女子の戦いが始まってしまった

「カッコいいのは認めるけど…もう少し心を開いてくれてもいいのに。せめて普通の会話が出来るくらいに…」

彼が写っている雑誌を見ながらクラスの女子がため息を吐いた

「でもあいつ、ゲイだって噂じゃん」

「うわー!っぽいわ!こえー!」

「ありえそー。狙われるかもー!」


ケラケラと笑って話す男子に茉莉花はカチンと来て机を両手で叩いて立ち上がった

その音がかなり大きく教室全体が静まりかえってしまった

『そういう事を笑い話にするのは良くないと思う。仮にそうだったとしても、誰かが誰かを好きになるのに区別する必要はないでしょ?』

「ま、茉莉花ちゃん?」

「茉莉花、落ち着けよ、な?」

珍しく、それも大人数の前で苛立ちながら自分の意見を言う茉莉花に百合もハルトも落ち着かせようとしていた

性別とは程遠い、そもそも人間では無いハルトに惹かれてることさえも否定されているようだった

どうしたって結末はわかっている
それでも好きな気持ちには嘘をつきたくないから。

茉莉花に言葉を投げかけられた男子達はしどろもどろしている

そこにガラッとドアの開く音が聞こえ、みんなが振り返ると譲二が立っていた