キミが教えてくれたこと



体育祭当日。
茉莉花は着替えを済ませ、教室で使っている自分の椅子を持って運動場まで移動していた


「お、おいおいおい。なんだよ、それ」

『え?』

ハルトは茉莉花の服装を見て顔が赤いやら青いやら、複雑な表情をしている

『なにって…パニエだけど…』


茉莉花のクラスは白い無地のTシャツやパーカーにそれぞれ好きなカラーを選び女子はパニエ、男子は7分丈のパンツスタイル

茉莉花は白い薄手の半袖パーカーに淡いラベンダー色のパニエ、靴下も同じ色で合わせ靴は白いスニーカー。
いつもストレートで胸まである髪は邪魔になるのでお団子にしてある。
そのお団子の横には先程更衣室でクラスの女子がついでに作ったから、とキラキラしたゴールドのスパンコールで出来た星型のバレッタがついている


普段とはまったく違う茉莉花の雰囲気。
ハルトはそんな茉莉花もたまにはいいな、なんて思っていたが目に飛び込んで来たパニエに度肝を抜かれた


「パニエだか、パエリアだかしらねぇけど…何でそんな短けぇんだよ!」


ハルトの怒りの矛先は服装でもヘアスタイルでもなく、パニエの丈だった

確かに膝から15センチ程は上にあるが、見た目はパニエで中身はショートパンツになっているため着ている本人は特に気にも留めていなかった


『そんなこと言われても…みんなこの位の丈だし…』

「あ、林さんこんなとこで何やって…」


人気のない階段の踊り場でハルトと話していると少し上の階段の手摺りからクラスの男子が身を少し乗り出し茉莉花を見つけ声をかけ、階段を降りながら話しかけて来たが途中で言葉を止め茉莉花を凝視した


『…えっと、どうかした?』

茉莉花の言葉に我に返るとクラスメイトは顔を赤くし、茉莉花の持っている椅子を奪い取った


「お、俺が持ってっとくから!」

いきなり大声を出したため、茉莉花は驚きそのまま彼の背中を見送った

一部始終を見ていたハルトは眉間に皺を寄せジロリと茉莉花を見る


「ほら!言わんこっちゃねぇ!」

茉莉花はハルトが何で怒っているか全くわからない


『なによ、椅子を持ってってくれただけじゃない!そんなに怒ること!?』

「そうじゃねぇよ!…だあああもう!全部そのヒラヒラのせいだ!!」

明らかに普段と違う茉莉花に自分と同じことを思った男がいることに不安や焦りが入り混じったが、そんな感情を茉莉花に知られるのがカッコ悪くて頭を掻いてパニエを指差した


そんなハルトの気持ちを知る由もない茉莉花は、みんなと一生懸命作りハルトも似合ってると言ってくれると思っていたパニエの裾をギュッと握りしめた


『…そんなに似合わないかな』

シュンとなる茉莉花にハルトは焦って瞬時に茉莉花の元に飛んでいく


「あ、いや、そうじゃなくてよ。その丈がさ…」

しどろもどろに答え、もう一度頭を掻いてそっぽを向いた


「…そんな短いの履いて、他の男に脚見せてんじゃねぇよ」


え、と茉莉花は顔を上げる

そこには不貞腐れた様な顔をしながら頭を掻いているハルトがいた


顔と耳が真っ赤になって茉莉花にも伝染する


「似合ってるし、可愛いって。だから嫌なんだよ」


胸の奥がギュッとなる


「茉莉花ちゃん!何してるの?整列するよー!」


階段の下から百合が声をかけて来た


茉莉花は、うんっと言って降りて行った


先程のハルトの言葉にまだ胸がうるさい

ハルトの顔が見れず鼓動を抑えながら小走りで運動場に向かった







「写真撮ろー!」

体育祭が始まり、種目に参加する者もいれば出番までの間を自由に過ごす生徒もいた

茉莉花のクラスは比較的みんな仲が良く、女子は衣装のアレンジを褒めあったり男子のコーディネートにいろんなものを付け加えて楽しんでいた


「茉莉花ちゃん!写真撮ろう!」

そう言って肩を組んできたのはいつもより派手に着飾っている百合だった

白いTシャツの右側の裾を結んであり、引き締まったウエストがチラリと見える

ピンクのパニエに合わせた靴下と、ふわふわのロングヘアーの上には花冠を付けている

先程から男子がチラチラ見ているのが手に取るようにわかった

百合は茉莉花に頬を寄せ、スマートフォンの内カメラで何枚か写真を撮る

「わーい!ありがとう!大切にするね!」

ニコニコ笑って撮った写真をスライドして見ていた百合は、そうだ!と何か思い出しポケットをゴソゴソと漁り始めた


「茉莉花ちゃん、腕出して!」

言われるがままに左腕を出すとパールのブレスレットに淡いピンクの花とレース地のリボンが付いたリストブーケを付けられた


『え?これ…』


「グラジオラスっていうお花だよ。花言葉は”勝利”」

ま、造花だけどね、と照れたように笑う


「お守りにして?絶対勝とう!」


付けられたリストブーケを抱きしめありがとう、と言った



午前はピンポン球リレーや騎馬戦、障害物競争などでみんなかなり盛り上がった

借り物競争では「好きなもの」を引いた2年生の男子が同じクラスの女の子を連れてゴールし、告白するという演出まで…

そして一番盛り上がったのは女装リレーだった

リレー参加の男子はクラスの女子におもちゃにされ、スカートを履かされたりメイクを施されたり、かつらを被せられたりとされたい放題だ

リレーついでに誰が一番美人だったかと投票があり、それもクラス得点に加算されるらしい

「やだよー!俺こんな格好で走りたくないよー!!」

「うるさいわね!早くスタート地点まで行きなさいよ!」

「私たちの努力を無駄にする気!?」

女装リレーに参加するクラスメイトの男子はショッキングピンクのミニパニエとおへそが見える短めのTシャツ、頭はカツラでポニーテールされており首や腕、頭にもジャラジャラと装飾品が施されている

「親が泣くよー!!」

「ちょっと目擦らないで!メイク落ちるでしょ!」

女子にいいように遊ばれ彼は泣く泣くスタート地点までトボトボと歩く

「あれ?あれってさっき階段で会って椅子持ってってくれた…」

『そう、その彼。可愛い顔してるから女子に見えないこともないわね』

ハルトは彼を不憫に思いつつも心の中で密かにガッツポーズをしてしまった

パンッという音と共に彼は走り出す

先程までのショボンとした顔ではなく、真剣に前を向いて地面を強く蹴った


『わ!早い!』


ゴールまで一直線に走り、他の生徒からかなり差をつけ余裕で一位を取った

「やったー!!!」

「すごーい!ぶっちぎり!」

クラスのみんなが駆け寄って彼のスカートを悪戯に捲る

「や、やめろって!!!」

楽しそうにしているクラスメイトを見て茉莉花も笑顔になった





茉莉花たちのクラスは学年で6組中3位だった

昼から得点争いになる競技が多いのでみんな気合いを保ちつつお昼休憩となった

教室に向かおうと準備をしていると「茉莉花ちゃん」と声を掛けられた

振り返るとgrazieの店長さんと奥さんが立っていて驚いた


『え、どうして…』

「驚かせてごめんよ、茉莉花ちゃん今日が体育祭だって言ってたからよ」

「これ、よかったらお昼に食べて」

奥さんから手渡された紙袋の中身を見るとカツや野菜、チーズなどボリュームのあるサンドイッチが入っていた


「grazie特製サンドイッチだ!」

「お友達と食べてね」

ランチ営業の時間を割いてわざわざ来てくれた二人に涙が出そうになった

「今の茉莉花ちゃんを見たら、きっとお父さん達も喜ぶと思うよ」


店長の優しい手が茉莉花の頭を撫でる


昔から父と母を知っているからこそ、どんなことで喜んだり悲しんだりするか分かるのだろう
そしてそんな二人は茉莉花の事をきっと自分の娘の様に想っている

『…ありがとうございます』

父に頭を撫でてもらっていた小さい頃を思い出し少し顔が赤くなった

「茉莉花ちゃん!」

手を振って近付いて来た百合は茉莉花の近くに人がいると気付かず、右手を口元に当てていた

「じゃあ、仕事に戻るわね」

「体育祭楽しんでな!」


店長達は笑顔で手を振り校門に向かった

茉莉花も笑顔で手を振り二人を見送った


「ごめんね、お邪魔しちゃった…」

『ううん、大丈夫。…百合サンドイッチ好き?』


先程手渡された紙袋を広げて中身を見せると百合は目を輝かせた

「美味しそう!!!」

『一人じゃ食べきれないし、一緒に食べよう。他の子にも声掛けてみよっか』

茉莉花と百合は教室に向かい、何人かに声をかけてサンドイッチを食べた

茉莉花の周りにはたくさんの人が集まる

こんなにたくさんの人と笑い合ったのは本当に初めてで、心から楽しいと思えた





午後の部が始まり、みんなそれぞれの種目に励んだ

二人三脚や綱引き、玉入れなど力を合わせて得点を稼ぐ競技が多くなる

「いえーい!追いついて来たぜー!」

そんな中、茉莉花のクラスは3位から2位まで持ち上がり1位との差は僅か5点となった

「…とうとうだな」

そう、この体育祭最後の競技、クラス対抗リレーが始まる


このリレーで今年の勝敗が決まる

茉莉花のクラスが1位を取れば10点獲得で学年1位となる

茉莉花はプレッシャーで押しつぶされそうだった

「大丈夫、あれだけ練習したんだ。肩の力抜いて、練習の時と同じ様に走ればいいだけだから」

ハルトが整列している茉莉花に優しく声をかけた

顔を強張らせて頷く

「俺が傍にいてやるから、な?」


横から覗く様に言われ驚き顔を赤める


「クラス対抗リレー参加の人こちらにー!」


誘導の声が聞こえそのままトラックの内側まで行く

第一走者のクラスメイトがスタート地点に立った

「よーい…!」

その声の後に響き渡るような音でパンッと運動場にスタートの合図が鳴る

勢いよくダッシュしトラックの周りを走るクラスメイトは、スタートは良かったものの相手が悪かったのか3人ほどに抜かされてしまった

「っわりぃ!!」

なんとかバトンを繋いだ時には一人追い抜いたがそれでも前に二人走っている

二番目はクラスの女子だ

他の走者に男の子もいるが、女子も何人かいてそのままの順位をなんとかキープして走っていた

苦しさが物語る表情で三番目のクラスメイトにバトンを渡しす


「っ…お願い!!」

「任せろ!」


しっかりとバトンを受け取り前を向いて走り出した
次は女子の走者が多かったため、前の二人を追い越しさらに二番目の走者との距離を引き離した

茉莉花のクラスは一層盛り上がり、声援がトラックの内側まで聞こえる


茉莉花はスタート地点に行き深呼吸した


『…大丈夫。絶対大丈夫』

心を落ち着かせて振り向くとクラスメイトがこちらに向かって走っている

「林さーーん!!」

前に出されたバトンをしっかりキャッチし、茉莉花は走り出した


トラックを颯爽と走っている姿を見て茉莉花のクラスは一瞬息を飲んだ


「え、林さん足速くなってない?」

「すごい!なんでなんで!?」


クラスメイト中騒めき、戸惑いと歓喜に溢れた


「茉莉花ちゃん、みんなに内緒でこっそり一人で練習してたんだよ」

百合は茉莉花の走っている姿を見ながら嬉しそうに言った

百合のその言葉を聞いてみんなが心を打たれ会場と称したトラックとクラス座席を仕切るロープまで近付き大きな声で声援を送った


「林さーーーん!頑張れーー!」

「そのままぶっちぎりだーー!!」

「頑張れーーー!!!」

クラスメイトの声が茉莉花の元にも届く

ただ全力疾走のため、みんなに応える気力もないままゴールを目指す


ゴールテープが見えあと5m程でゴールだ

クラスメイトも飛び跳ね喜んでいる

ハルトも安心したように笑った


『…っ!』


が、その瞬間茉莉花は足元が絡み前に倒れる


「茉莉花!!」

ハルトが急いで近付き倒れそうな茉莉花を支えようとしたが、茉莉花はハルトを貫通しそのまま砂の擦れる音と一緒に地面に倒れてしまった







『いっ…た…っ』

足が地面に擦れてしまい激しい痛みが走った


「茉莉花!大丈夫か!?」

ハルトは助けようとした手を一度ぎゅっと握りしめ、茉莉花の側にしゃがんだ


後ろからは引き離していたはずの他クラスの子達が次々とゴールしていく

茉莉花は申し訳なさと足の痛みで目を潤ませた

みんなの歓声や心配の声が耳を掠める

でもどうしても立てなかった。みんなに迷惑をかけてしまったことに、どんな顔で起き上がればいいのか到底わからなかったから


『…っく』

一粒の涙が頬に落ちそうになった時、ハルトは何も言わずくるりと後ろを向いて飛んで行ってしまった

ハルトも、こんな私の姿に呆れたのかな…と思っていたその時、


「茉莉花!!!」

顔を上げるとハルトがゴールテープの向こう側で叫んでいる


「お前が今負けてるのは自分自身だ!!そんな茉莉花俺は見たくねぇぞ!!」

ハルトが必死に茉莉花に訴えている姿が目に飛び込んだ

『は…ると…』

そうだ、このままここいたら今まで練習に付き合ってくれたハルトの気持ちも踏み躙ってしまう

「心配すんな!!言っただろ!傍にいてやるって!」


だから最後まで頑張れ!!

ハルトの言葉で溢れそうになった涙をなんとか堪えた

ふと左手首に百合からもらったリストブーケを見る

『そうだね…』

ーー私は、弱い自分に負けたくない

なんとか体を起こし、足を引きずりゴールまで向かう

走者はみんなゴールしており、茉莉花だけが残っていた


茉莉花の両膝からは痛々しく血が滲んでおり、着ている白いパーカーも砂だらけだ

そんな姿を見て茉莉花のクラスメイトはゴール付近まで走り、規制線であるロープまで前に行き茉莉花を応援した


「林さーん!もうちょっとだ!頑張れー!!」

「茉莉花ちゃん、ゆっくりでいいからね!!」

「がんばれー!!」

「林さーーーん!」

クラスメイトの声に励まされゴールテープまであと少しの距離

ハルトが微笑んで両腕を広げて待っている


「俺の胸に飛び込んで来い」

どこかで聞いた事のあるようなクサイ台詞。
その言葉に茉莉花は

『馬鹿じゃないの』と言って微笑みながら白いテープを切り、ハルトの胸に倒れ込むようにその場にふらっと前のめりになった
ハルトはそんな茉莉花を抱きとめるように腕を回す

空を切り、茉莉花の足はジャリっと運動場の砂を擦り力なくその場で座り込んだ
両膝がジンジンと痛み出す

「林さーーーん!!」

「すげぇよ!マジすげぇよ!!超速かった!!」

「私感動しちゃったよー!」

茉莉花の元にリレーに参加していたクラスメイトが走って来た


『ごめん…私、転んじゃって…』

下を向いていると頬を両手で包まれてくいっと顔を上げさせられた


「全然ごめんじゃないよ!!林さん、すっごくすっごく頑張ってたもん!」

目を潤ませながらそう言ったクラスの女子に茉莉花は安心した笑みを零した

林さーん!お疲れ様ー!と大勢の声が聞こえて振り返るとロープ越しにクラス全員が手を降っていた

茉莉花は左手首のリストブーケを見た後、その腕を大きく上に上げてピースサインをした


みんなさらに歓喜に溢れた


「…勝ったの俺らだよな?」

「なんか持ってかれてね?」

一位のクラスがそう言っていたのは、茉莉花のクラス全員誰も知らない




「今先生呼んでくるから、ちょっと待っててね」

茉莉花は百合に付き添われながら保健室に移動した

外では全校生徒が整列し、得点発表を待っている

『あーあ、負けちゃった』

ベッドの端に座って上体を後ろにし、両腕で体を支え天を仰いだ


「2位だろ?すげぇじゃん」

『私があそこで転ばなかったら1位だったもん』

拗ねたように下を向き床から浮いている足を揺らす

血が滲んでいるところから少し痛みが出る


「…努力ってさ、必ずみんな報われるわけじゃねぇけどそれまでの過程は絶対裏切らねぇよ」

ハルトは茉莉花の前にしゃがみ込み見上げた


「1位取るより大切なもん、いっぱい手に入れただろ?」

クラスメイトとの交流、信頼、優しさ、どれも手に取るには零れ落ちてしまうような温かいものだった

それを一つ残さず手に取れた気がした


『…うん。そうだね』

微笑むとハルトは驚いて顔を赤くしてそっぽを向いた


「それに…あー、なんだ…」

歯切れ悪くハルトは頭を掻く


「…すげぇカッコ良かったよ、茉莉花。見直したっつーか、なんつーか…」

『なによ?』

そっぽを向いている方に顔を向け自身の顔を近づけて問いただすと面白い程に焦っていた

いつもハルトにされている仕返しだ

ハルトは茉莉花の後ろに逃げてベッドの上に胡座をかいて座る

ちょうど背中合わせになってハルトの顔は見えなくなった


「…俺はそういう茉莉花、良いと思うよ」

本当はもっと伝えたいことがあるのになんか違う…!と眉間に皺を寄せハルトは激しく頭を掻いた

そんなハルトを振り返り見ていると髪から覗く耳は真っ赤になっていて、バレないようにクスッと笑った


『ハルト…?』

「…なんだよ」

『ハルトと出会えてよかったよ』

「!………ばーか」



俺もだよ、と小さく呟くハルトの声を聞いてまるで背中合わせで寄りかかっているかのようにハルトに身を寄せた


高校最後の体育祭、総合結果は2位。だと思いきや女装リレーでのまさかの投票結果1位

その投票得点が加算され、茉莉花のクラスは見事学年1位となった


「よくやったー!!」

「女装万歳!!」

「フーーー!!」


「ちょ!集団でスカートめくるのやめろってー!!」

投票一位を獲得した生徒は歓喜のあまりふざけてスカートをめくってくるクラスメイト達から逃げ回っていた

そして彼が女装に目覚めたかどうかは、また別の話し…














ジメジメとした6月、街では梅雨入りしたという

連日の雨で洗濯物がなかなか干せなくてなんだか憂鬱になっていた茉莉花だが、あの体育祭以降クラスメイトと仲良くなり憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれるほど元気な彼女達に救われていた


「でー、うちの彼氏が実はサプライズで家の下にいて〜」

「きゃー!失神!!!」

今は百合と一緒にクラスの女子、山内(やまうち)さん、道下(みちした)さんと恋バナをしている

隣のクラスの男子と付き合っている山内さんの馴れ初めを聞いているところだった

「いいなー、私にも現れないかなー…王子様」

百合がそう呟いたのを聞いて、あなたが探してるのは二次元の王子様でしょ、と心の中で思った


「林さんはー?」

『え?』

ぼーっと百合を見ていると道下さんに声を掛けられた

「そういえば茉莉花ちゃんのそういう話聞いたことないや…」

「いないの!?好きな人とか、気になる人!」

山内さんが身を乗り出して茉莉花に詰め寄る

『気になる人…っていうか…』

山内さんの肩越しにハルトを見た

ハルトは教卓にたむろしている男子達が楽しそうに読んでいる週刊漫画を一緒になって見ている

時折、その漫画を見て笑っていて幽霊で無ければそこにいるのが自然に見える程だ


「楓太(ふうた)は!?」

『え?』

「楓太って、麻生(あそう)くんのこと?」

「いいー!アイツこないだ林さんのこと可愛いとか言ってたし!」

茉莉花と百合は顔を見合わせる


『麻生くんて…体育祭で女装してた…あの?』

「そうそう!私楓太と幼馴染なんだけど、優しいっていうか気弱っていうかさー…」


「おい、何堂々と悪口言ってんだよー」

道下さんが麻生くんの話をしていると、後ろから本人が登場し道下さんは一瞬肩を跳ねさせた

「ちょっとー、女子の会話に割り込まないでよね!変態!」

「誰が変態だよ!」

「せっかく楓太が林さんの事可愛いって言ってたって教えてあげてたとこなのにー」

「おま!そういうこと本人に言うなよ!!」

「だってほんとのことでしょー!?」

顔を真っ赤にさせて道下さんを怒鳴りつけるが、道下さんにはまるで効き目がないようでニヤニヤと目を細めて彼を見ている

「二人が付き合えばいいのに」

机に肘をついて両手に顎を置いて一部始終を見ていた百合がボソッとそう言ったのを聞いて、二人とも勢いよく百合を見た


「「コイツとは絶対ない!!!」」


タイミングよく被ったそのセリフでさえも二人にとっては喧嘩の材料になるのか、真似するな!とまた言い合いが始まってしまった




その時教室のドアが開き、それと同時に廊下からキャーという女生徒の歓喜が聞こえた

なんだなんだ?とクラス中が騒ぎ出すが、担任が少し早いが席につけーと着席するように促した


「朝のHRの時間には少し早いがみんなに話したいことがある。…入って」

担任がドアの方を向くと長身の外国人が入って来た

堀が深く、白い肌に綺麗なグリーンの目が映える。髪は肩あたりまであり毛先は軽くパーマが当たっており、長袖のワイシャツは七分丈あたりまで折り込み制服のポケットに両手を突っ込んでいる

綺麗な人だなーと頬杖をついて見ているとキャーという歓声が教室に響いた


「うそーー!ジョージだー!!!」

「えーーー!あの!?うそ!本物!?」

「やだーー!死んじゃうーー!!」

女の子達は彼を見るなり立ち上がり飛び跳ねた

男子もヒソヒソと耳打ちをし、すげー!なんて言っている


茉莉花もハルトも誰か分からずはてなマークを頭の上に浮かべ首を傾げている


「まぁみんな知っての通り、彼はモデルの桜庭譲二(さくらば じょうじ)君だ。事情があって今日からうちの生徒になる。卒業まで残り少ない時間だが、みんな仲良くするように」


「「はーーーい♡」」

女子は声を揃えて返事をする

「いつもそうやって聞き分けがよければな…。桜庭君、君の席は林の右隣で。林、手を上げてくれ」

『あ、はい』

担任に言われて右手を上げる


彼は生徒達の視線をもろともせず、無表情で席まで向かい椅子を引いて座った

身長が高い分、机や椅子が小さく見える

茉莉花はちらりと盗み見たが、ダルそうに持って来た本を読んでいる彼を見て特に気にすることなく授業を受けることに専念した


どうやら彼は日本人の父とデンマーク人の母から産まれたハーフらしい

15歳、即ち高校入学と同時に街でスカウトされ今やメンズ雑誌はもちろん女性雑誌にもモデルの彼氏役として登場したり、10代、20代向けのアパレルブランドでは広告塔になってモデルをしているものもあるそうだ

雑誌をあまり読まない茉莉花には関心が薄く、教室の端で山内さんに貸してもらった彼の映っているティーン向けの女性雑誌をペラペラとめくっていた

「確かに…とっても綺麗な顔してるよね…。」

目を輝かせて顔を赤らめ、ため息を吐く百合に珍しい、と思った


『百合は彼みたいな人がタイプなの?』

「すごくタイプ!!」

その言葉に目を丸くした

今までその手のことには皆無で、口を開けばアニメの話しや声優の話をしていたからだ

だって…、と続けて話す百合に耳を傾ける



「彼、きっと魔法美少女戦士に従える騎士の服が似合うんだもの。剣が武器でね、その手捌きが圧巻で敵を倒した後にする仕草なんて…」

『わかった、あなたはコスプレ対象として見ているということね』


百合の暴走を制止し、頭を抱えた







「ねぇねぇ、ジョージ君て今どこに住んでるの?」

「よかったらあたし達この辺り案内するよ!」


声のする方を見るとクラスの女子が群がってヘッドフォンで曲を聴き本を読んでいる譲二の席を囲んでいた

教室のドア付近には他クラスの子達も彼を遠巻きに見ていてなんだか学校中が落ち着かない様子だ


ガタっと音を立てて椅子から立ち、彼はそのまま教室を出て行ってしまった

「あらら、シャイなのかな?」

百合と茉莉花は彼の後姿を見送った

『まぁ転校してそうそう、これだけ人に囲まれたら離れたくなるんじゃないかしら』

手元の雑誌の彼はニヒルな笑みでカメラを見つめている

「笑うと可愛いのにー」

もったいない、と言って茉莉花達は雑誌を閉じた

それからというもの、隣の席の転あったからか校生は一言も発することはおろか、誰とも関わることも無く1日を終えてしまった


「なんだー?あいつ日本語話せねぇのか?」

終礼を終えて足早に教室を出て行く譲二を見ながらハルトが言った

『そういうわけじゃないと思うけど…。授業もちゃんと理解してるみたいだし』

授業中、先生の話していることをノートに書き出しているのを思い出した

『なんだか、人を寄せ付けないオーラ出してるよね』

みんな優しくて良い子なのに…と言って彼の席を通り過ぎる時、横目で彼の座っていた椅子を見た

「………」


『…なによ』

教室を出て人気が無くなってから茉莉花はずっと無言で見つめてくるハルトに問いかける


「いやー…」

言葉を濁し、ふっと笑う彼を茉莉花は目を細めて睨む

「茉莉花もちょっと前まであんな感じだったなって思って」

『え?』

「人を寄せ付けないオーラ全開で、完全シャットアウトだったじゃん」

ハルトの言葉に確かに…と今となっては恥じらいすら覚える


『…また傷つくのが怖かったし、飛び込むことも出来なかった。だったら誰とも関わらないで一人でいた方が楽だって思ってたもの』

本当はそんな人達ばかりじゃないってわかっていたけど、小さい頃の記憶がずっと自分を縛り付けていた

他の人からすると、そんなこと、と思われることも自分には超えられない大きな壁だったのだ


「転校生も一応は華やかな世界にいるわけだし?周りと関わらない事情があるんじゃねぇの?」


『そうだね』


帰り際、小雨が降り茉莉花は鞄の中から折り畳み傘を出した


「梅雨だねぇー…」

ハルトは空を見上げたが、体は全く濡れていない

『…入って』

「え?いや、俺濡れねぇし」

『いいから。わかってるけど、気になるのよ』

雨が降り少し肌寒くなったのでセーターの袖を伸ばして傘の柄を持って言った

ハルトは困ったように笑うと大人しく茉莉花の傘の中に入る

「茉莉花、風邪ひくなよ?」

『…わかってる』

思ってたよりも至近距離になり、顔を赤める

でも、こうしてハルトと一つの傘に一緒に入りたかった

そうすると、ハルトが普通の人間の男の子だと思えるから


茉莉花の心はあったかくなり、ハルトにバレないように伸ばしたセーターの袖で口元を隠した



キミが教えてくれたこと

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