キミが教えてくれたこと



『これは……』

アルバムの中には先程の川瀬百合さん…なのだが、写真の中の彼女はかなり短いふわふわのスカートに胸元にハートのキラキラしたブローチ、ボディーラインが強調されるようなピチっとした服、ふわふわの長い髪は高い位置で横に二つ結びしくしゅくしゅのお団子になっている

手には宝石が散りばめられたかのようなキラキラのステッキ

見るからに非現実な服に身を包み、笑顔でポーズを撮る川瀬さん

何か見てはいけない物を見てしまったのではないかと、青ざめる茉莉花の横をどうした?とハルトが近付く


「お、これ深夜にやってるアニメのキャラクターじゃん」

そう言ってアルバムを見るハルトに複雑な顔をする


『…ハルト…こういうのが趣味だったの…?』

「ちげーよ、こないだ茉莉花が夜中まで課題やってた時にたまたまテレビでやってたんだよ。茉莉花課題に必死だったからチャンネル変えてって言えなかったしそのまま見てた」


ま、なかなかおもしろかったけどと言うハルトをもう一度複雑な顔をした

『川瀬さん、こういうの好きだったんだ。全然知らなかった』


「仲の良い友達には公認なんじゃねぇの?」


『んー、一年の時から才色兼備だって有名だけど…それ以外のことは…。それに男女問わずいつも周りにたくさん人はいるけど、特定の仲が良い子っていうのは見たことないかな…』

休み時間や班行動ではたくさんの人たちに引っ張りだこだが、たまにふと一人で読書していたり個人行動をしているところを何度か見かけたことがあるのを思い出した


『とにかく、これ返してあげないと…きっと困っちゃうよね』


アルバムを閉じて茉莉花は大事にポケットに仕舞った

「中身見たって言わない方がいいのかな?」

『だめ。そこは正直に見てしまったって謝る』


そうハッキリ言う茉莉花にハルトはふっと笑うと、そうだなと返した


茉莉花はハルトと教室に戻り、教室移動をした






今日の授業は5限で終わりなのだが、茉莉花はなかなか百合にアルバムを渡せずにいた


教室でも、移動も、いつも誰かが百合の側に行き話込んでしまう


できる限り一人きりの時に返したいのだがなかなかチャンスが掴めない


「立ち替わり入れ替わり、いろんな子が川瀬さんのとこに行くのな」


『彼女、才色兼備だし分け隔てなく誰とでも仲良いし気さくだからみんな憧れてるのよ』


そう、茉莉花自身も自分に持っていないものをたくさん持っている百合をいつも羨ましいと思っていた

自分も少しでも彼女の気さくさや人懐っこさがあれば…と

「彼女には彼女のいいとこがあって、茉莉花には茉莉花のいいとこがある。自分が他の誰かになることは出来ない、けど他の誰かも自分になることはできない」


『え?』

ハルトは百合を見つめる茉莉花にそう言った


「俺は茉莉花の優しいとこや、気の利くとこいっぱい知ってるぞ」

あとヤキモチ妬きなとこ、としゃがんで茉莉花の机に両腕を組んで置き、笑顔で見上げそう言った

茉莉花は目の前のハルトに胸が熱くなった。きっと顔も赤くなってるだろうと予測出来たので「…馬鹿じゃないの」とそっぽを向いた


ハルトにはいつも心の中を見透かされてるみたいだった

何も言わなくてもそっと寄り添ってくれる

欲しい言葉を躊躇なく言ってくれる

否定することなく受け入れ、その上で自分の意見を述べてくれる

優しい、そんな簡単な言葉じゃなくもっとシンプルで、でももっと熱くなるような…


そこまで考えた時、一つの言葉に辿り着いた


”好き”


考えた瞬間、心臓がすごい音を立てた

思わず手の甲で口元を抑える


「…茉莉花?」


心配そうに見上げるハルトに見られたくなくて窓の方へ体を向ける


ーー好き

何の前触れもなく自分の気持ちに気付いてしまった

ーーでも、


そうだ、彼はこの世にはいない人なのだ


そう考えると今度は胸が急に苦しくなった

だんだんと頭の中がクリアになってさっきまで聞こえなかったクラスの騒がしさが耳に入ってくる


茉莉花はハルトに、なんでもないよと笑顔で返し入って来た担任を見て帰宅準備をした


好きと気付いたが、叶わない恋だとも気付いた


茉莉花はそこから考えることを止めて、教卓に立つ担任の話を聞いていた





起立、礼、と言う日直の合図で生徒たちが教室を出て行く


茉莉花は鞄をもって百合に話かけようとすると、担任に呼び止められた


「林、ちょっといいか?」

そう言って教室から出て人気のない階段まで誘導された


「バイトの時間は大丈夫か?」

『はい、今日は5限までだったので間に合います』


そうか、と笑顔で返すと担任はゴソゴソと一枚の紙を出した

それは先日行った進路についての簡単なアンケートだった

高校卒業後、就職か進学か。また、どういったところが希望かとざっくりした質問が書かれていた


「…これ、就職に丸がしてあるんだが、」

『はい、卒業後は就職しようと思っています』

その答えを聞いて担任は、んー、と頭をかいた


「お節介だとは思うんだけど、林2年の時の希望調査では進学希望だっただろ?まだテスト返却終わってないからほんとは言っちゃだめなんだけど、今回の中間もなかなかいい点数だしまぁご家庭の事情があるのもわかるんだが…」


担任は茉莉花の将来について考えていた

本当にしたいことがあるのに、事情があって出来ないということが少しでも軽減されるようにいろんな大学を調べたりしていた


「もしご家庭の事情で進学を諦めたなら、奨学金制度や教育ローンもあるしそれに…」


『先生』

茉莉花は担任の話を静止した

『ありがとうございます、そこまで考えて頂いて』

でも、と続ける


『以前とやりたいことが変わったので。就職希望が今の私の考えです』


そしてごめんなさい、と頭を下げた

担任はそれ以上何も言う事なく、残念そうな顔をしてわかったと頷いた


「引き止めて悪かった、帰るとこだったよな」

いえ…と返し、百合がまだ残っているか確認をしに担任と教室まで戻る

すると、そう言えば…と二人並んで教室に向かってる途中担任が何か思い出したように切り出した


「林、最近なんだか楽しそうだな」

『え?』

「表情が明るくなったと言うか…。たまに一人でニコニコしてる時とかあるだろ?」


教師というものは良くも悪くも生徒のことを良く見ている

きっとハルトと話しているところを見られてしまったのだろう

茉莉花は見られていたのかと恥ずかしさで顔が赤くなった


『いや、あの、別に!普通です!いつも通りです!!』

「そ、そうか?」

いつも冷静な茉莉花が自分の感情を露わにして否定する姿も、担任としてはとても新鮮だった

驚きはしたが、嬉しい気持ちの方が大きく笑顔で教室に入った




担任は教卓にある日誌や出席簿を持ち、教室を出る時に茉莉花に頑張れよと伝えて職員室に向かった

茉莉花は誰も居ない教室でそんな担任の背中を見送った


「…大丈夫か?」

『ありがと。あー、やっぱり川瀬さん帰っちゃったみたいだね』

百合の席を見て鞄が無いことを確認する

『仕方ないね、明日また返すよ』


そう言って教室を出た


「茉莉花は、卒業したら就職するのか?」

先程、担任と話していたことを聞いてみると茉莉花はうん、と答えた


『以前はやりたいことがあったんだけど、父が亡くなってわかんなくなった。心にぽっかり穴があいてしまったみたい』

茉莉花は手摺に手をかけてゆっくり階段を降りる


『なんの為に生きてるのか、なにがしたいのか、どうしていけばいいのかってずっとぐるぐるそんな事ばかり考えてたら本当にやりたいことがわかんなくなった』


最後の階段を一段降りると、まだ自分の後ろの階段にいるハルトを見上げる


『でも、あなたに…ハルトに出会って”今”を大切に生きていこうと思ったの。1日1日を大事にして、その中でやりたいことを見つけられたらいいって。それが例え卒業した後だとしても、おばあちゃんになってたとしてもやりたいと思ったことに「遅い」なんてないでしょ?それが”今”の私の答えよ』

強い眼差しで自分を見上げる彼女に、ハルトは胸が震えたように感じた

『…それまで…一緒にいてくれる…?』

きっと困らせてしまう質問だと分かっていた

今のこの関係が必ずしも永遠に続くと保証できないからだ

いつ、どうなるか全くわからないから曖昧な期限を提示した

それでも、茉莉花は少しの願いをかけての質問だった


ーーハルトと一緒にいたい

ただ、それだけのほんの小さな願いだった


「…当たり前だろ。だって、離れられねーじゃん」


ハルトも曖昧に、だけど傷つけないようにそう言った

茉莉花は微笑むと下駄箱に行き、上履きからローファーに履き替え教室棟を出た




「茉莉花、あれ…」

教室棟を出て校門に向かう最中、ハルトは渡り廊下を指差した

そこには帰ったはずの百合が鞄を持ったまま、下を見ながらゆっくりと歩いている

まるで何かを探しているように

その様子を見て、きっとアルバムを探しているのだと思い茉莉花は走って百合の元へ向かう


『川瀬さん!』

「あ、林さん!」

百合は茉莉花に気付くと笑顔で小さく手を振った


『あの…今大丈夫?』

「え?え?だ、大丈夫だよ!?今私、蟻の散歩に付き合ってただけだから!」


明らかに動揺しているのがバレバレで尚且つ、言い訳が意味不明で苦しすぎる


『あの…もしかして、これを探してるんじゃないかなって…』


そう言ってぶつかった後に拾ったアルバムを差し出す


「あ!これ!よかったーっ!」

百合は受け取ると涙をためて喜んだが、次の瞬間ハッとして茉莉花にもう一度アルバムを渡す


「えっと、なんのことかしら?私にはサッパリ…」

余程知られたくないのか、見ている方が苦しくなるくらいシラを切っている


『ごめんなさい、中身…見てしまったの』

茉莉花は百合に頭を下げた


「み…見たの?」

『ごめんなさい。誰のものか確認の為に1ページだけ』


すると百合はガッと茉莉花の腕を掴んだ



「お願い!!絶対誰にも言わないで!!」

瞳に涙をいっぱい溜めて百合は懇願した


「お願い!!なんでもするから!」

『ちょ、ちょっと落ち着いて!あたし、誰にも言わないから!』


すると、その言葉を聞いて百合は力なく茉莉花の腕をするりと離した


「そうだよね、林さんはそんなことしないよね」


ごめんなさい、と眉を下げてアルバムを受け取った


「引いたでしょ?あんな格好してるんだって…」

百合は目線を下に落とし、アルバムをギュッと抱いている


『驚いたけど、引いてはないよ』

茉莉花のその言葉に「え?」と百合が顔を上げる

『だって、そのキャラクターが好きなんでしょ?川瀬さん、すごくキラキラした表情だったもの』

アルバムの中の百合は学校で見る遠い存在の人ではなく、身近で同じ女の子なんだと思った

『どんなものでも、好きなことや熱中できることがあるって素晴らしいことだよ。恥じる必要なんてない。むしろ、好きだって思えることに自信を持っていいと思う』

百合はその言葉を聞いて目を潤ませ、コクンと頷いた


『じゃあ…私、バイトがあるから、これで…』

茉莉花はくるりと後ろを向くと校門に向かって歩き出す


「林さん!!」

呼び止められもう一度振り向くと、百合がアルバムを掴み、大きく手を振っていた

「拾ってくれてありがとー!」

大きな声でお礼を言う百合にくすりと笑った

『大切なものなんだから、もう落としちゃ駄目だよ!』

茉莉花も負けずに大きな声でそう言って手を振り、歩き出した





こうしてまた平穏な日々が始まった

いつもの様に茉莉花はパスタと一緒に起き、学校に行き昼休みになると中庭でハルトとご飯を食べる

そんな些細な時間が幸せだと思うようになった

「好きだって思えることに自信を持っていい」そう百合に伝えた時、自分に言い聞かせているようだった


先のことなんてまだわからないが、自分の好きだという気持ちを大切にしようと

そんな風に思いながら今日も中庭でハルトとお昼ご飯を食べている

「で、そこで相手がバーンっと…って、茉莉花聞いてるか?」

『え、あ、うん!聞いてる!』

楽しそうに昨日テレビでやっていた格闘技の話をするハルトをずっと見てしまっていた


「絶対聞いてなかっただろー!」

『き、聞いてたから!だからちょっと離れてよ!』

ベンチに座っている茉莉花にふわふわと近づき、顔を近付けてくるハルトから逃げるように顔を背ける

「なんだなんだ?照れてんのか?」

意地悪にさらに顔を近づけてくる


『ちょっと…っ!』

バッ!とハルトを見るとかなりの至近距離で二人とも固まってしまった

「あ…え、と」

珍しくハルトも顔を赤くしそのままの状態が続く

ドキドキとハルトにまで心臓の音が聞こえそうだった


「林さん!」


そんな二人を現実に戻すように、弾んだソプラノの声が茉莉花を呼ぶ


『あ…川瀬さん』

「えっと…今大丈夫?」


ハルトが見えていない百合からすれば、今の茉莉花は一人何かから逃げるような態勢で固まっていた


『だ、大丈夫!む、虫が!春だから!』

そう言ってベンチに座り直すと、百合が「隣いい?」と聞いて茉莉花の隣に座る


「昨日はありがとう、すごく助かった。拾ってくれたのが林さんでよかった」


百合は昨日のアルバムを出して開いて見せた


「私、普段のお休みは一人で自分で作った衣装を着てこういったことを…。たまに、アニメのイベントとかに参加したりしてるの」

そうだったんだ、と手元のアルバムを見る


「親が教育熱心で小さい頃から習い事をたくさんしていて、その分友達と遊ぶ機会も無くて…。教育上良くないからってアニメや漫画を読むことも禁止されていたの。でもある日…」


中学生の頃、眠れない夜にキッチンで温かい飲み物を作っていた時たまたまつけたテレビで可愛いふわふわキラキラの女の子が勇敢に敵と戦っているのを見て衝撃を受けた


ただ淡々と1日1日を過ごしていた自分に、画面の向こうの彼女はすごく輝いて見えた


普通の女の子として恋をして、特別な力を授かった運命に立ち向かい次々と悪を倒す。そんな姿に胸が震えた夜を今でも覚えてる


そんな風になりたいって思えた自分を知って欲しくて、すぐに誰かに伝えたくて学校で唯一仲のよかった女の子に話すと

「え、百合ってそういう趣味だったの?ちょっと引く」

一言そう言われた。

話はたちまち周りに広がり、私を見る度みんなコソコソと何かを言っていて怖くてそれ以上誰にも話さなかった

でも好きな気持ちは抑えきれなくて…親に内緒でこっそり一人でイベントに参加した時に自分と同じものを好きな人がたくさんいたことを知った

その場所でその人達と一緒に服を作ってキャラクターになりきったり写真を撮ってそれが楽しくて夢のようで…
新しい自分の一面を知ることも出来たし、その度に私の居場所がここにあったんだって思えた



でも現実に戻った時、もう二度とあんな思いはしたくない。本当の自分を知られるのが怖いって思って高校ではせっかく出来た友達とも適度な距離を保つようになったの






「でも、昨日林さんと話して胸の中にあったわだかまりがすっと溶けた気がした」

『え?』

百合はアルバムを持つ茉莉花の両手を握った

「恥じる必要なんてない。好きなことに自信を持っていいって言ってくれた時、自分は自分のままでいいって認めてあげることができた。そしたら、周りの目なんて気にならなくなった!自分をもっと好きになれたの!」

茉莉花の持っているアルバムを見る


「この中の私も、今の私も、川瀬百合なんだって。だから…気付かせてくれてありがとう」

真っ直ぐ、笑顔で言う彼女が輝いてみえた

『自信を持つって、まずは自分を好きになるってことなんだね。うん、川瀬さん今すごく綺麗だよ』

百合は少し頬を赤く染めた


「それでね、お願いがあるの…」

改めて百合は座り直す


「私と、友達になってもらえますか!?」


ぽかーん、と目の前で真っ赤になって俯く百合に口が開いてしまった


『え、私?私でいいの?』


今まで友達と呼べる人なんていなかった

ましてや、友達になって欲しいと頼まれたことなんて以ての外。

自分でいいのだろうかと不安になった


「林さんがいい!林さんと友達になりたいの!」


だめ?と上目遣いで目を潤ませながら言われる。きっとこれは男を虜にする武器だろうが、彼女の計算ではない素直な仕草だとわかっていた


『…こちらこそ、よろしく』

その言葉に百合はわーい!と両手を上に広げた


「じゃあ茉莉花ちゃんって呼んでもいい!?」

『うん…』

少しこそばゆい感覚があったが、それと同時に嬉しさも感じた


「私のことは百合か、ゆりりん♪って呼んでね!」

『…じゃあ百合で』


さすがに最後の滑稽なあだ名は呼ぶのに恥ずかしかったので名前で呼ぶことにした


「茉莉花ちゃん、これからよろしくね!」

『よろしく、百合』


二人はニコニコと笑い、一緒にお昼ご飯を食べた


ハルトも二人の頭上から様子を見ていて、よかったと安心した

見上げると雲ひとつない青空で、ハルトは気持ち良さそうに両腕を力一杯あげ伸びをする
両手の指を指と指の間に絡ませ、後頭部に当て仰向けに倒れると片足を組んで宙を寝そべる


茉莉花と百合、二人の笑い声を聞きながら口角を上げ目を瞑った





「茉莉花ちゃん!おはよ!」

「茉莉花ちゃん!一緒に教室まで行こう!」

「茉莉花ちゃん!お昼食べよう!」

「茉莉花ちゃん!茉莉花ちゃん!」


先日、友達宣言をしてからというもの百合は茉莉花の後をくっついてまわるようになった


「茉莉花ちゃん!あのね!」

『ちょ、ちょっと待って!わかったから!』

周りはそんな百合と茉莉花を遠目で見て、何があったんだと思考を巡らせていた


「私、わかったの!なんでこんなに茉莉花ちゃんのことが気になるのかって!」

お昼休みの中庭、茉莉花とハルトはベンチに座り左手でお弁当を持ち右手で拳をにぎる百合を見た


「私の一番好きなキャラクターがいるんだけど、その子がピンチの時いつも助けてくれる王子様がいるの!」


これ!とスマートフォンの画像を見せられる


画面の中の彼は所謂イケメンというやつで、キラッキラの現実ではなかなかお目にかかることのできない歯の浮いた台詞を言いそうな王子様だった

白い歯を出して笑っている顔がなんとも憎らしい


「彼女が悩んだり、落ち込んだりすると優しく包み込んで励ましてくれたり…彼女が敵に敗れそうになった時に颯爽と現れたり…」


百合はうっとりとした表情で画面の中の王子様を見ている

「私にとって茉莉花ちゃんはまるでこの王子様みたいなの!!」


『…いや、私一応女だけど…』


隣でハルトが声を抑えて笑っているのがわかる

「私の前に颯爽と現れて、ピンチを助けてくれて…私の心のわだかまりを溶かしてくれたのよ…」


『…廊下でぶつかって、落としたアルバム返しただけだけど…』


自分の世界に入り込んでしまっている百合に、もう何を言っても通じないとは分かっていても突っ込まずにはいられない


「茉莉花ちゃんには感謝してるの!もし私に出来ることがあったら何でも言ってね!」

そう笑顔で言う百合に茉莉花もありがとう、と笑顔で返す


友達っていいなぁ…そう素直に思った


「と、言うことで感謝の気持ちとしてその王子様の衣装作ったから茉莉花ちゃん、着てもらっていいかな!?」

『友達でもそれはごめん』





「あの子、ほんっとおもしろいなー!」

ハルトは先程の百合との会話を思い出し、目尻を下げて笑っている


『笑い事じゃないわよ…。危うく王子様の服、着せられるとこだったわ』

短期間で作った割にはなかなかの仕上がりだった服を思い出し、百合の器用さを再確認したがさすがに友達とは言えイベントに行くわけでもなくましてや学校であの服を着る勇気はないので丁重にお断りした

残念がっていたが、いつかは着てもらえる服を作ると妙な挑戦心に火を点けてしまった

「まぁまぁ。毎日飽きなくていいじゃん?」

ズボンのポケットに両手を入れ、ふわふわ浮きながらこちらを楽しそうに見るハルトに、そうだけど…とため息をついて返した


ガラガラっと教室に入り、自分の席につく


百合は一緒にご飯を食べた後、足早に委員会の集まりへ向かった

教室を見るとまだ帰って来ていない様子だった

彼女は体育委員をしている

きっと委員会の議題は、数週間後に控えた体育祭のことだろうと思い自然とまたため息が出てしまう


その時チャイムが鳴り、担任が少し遅れて入って来た

その後ろを束になったプリントを持って入って来る百合がいた


「座れー、LHRの時間だぞー」と言う担任の声にみんな話しながら席につく


「今日のこの時間は再来週に控えた体育祭の参加種目を決めるぞー」


イェーイ!と喜ぶ声やえぇーっと落胆の声が聞こえる

茉莉花はどちらかと言うと沈んだ気持ちになる。何故なら運動は得意ではないからだ

ただ、毎年種目を決める時は立候補形式で同じ種目を選んだ場合はジャンケンだった

茉莉花は綱引きや玉入れなどの団体競技を立候補することが多かったので、今まで個人競技に出ずになんとかその場を凌いで来た

今回もその手法でいこうと心に決めていた

が、それは体育委員の一言でなし崩されることとなる


「委員会で協議した結果、今年は立候補形式では無く、全校生徒あみだくじで参加する競技を決めることになりましたー!なのでみなさん恨みっこなしですよー!」

可愛い笑顔でそう言う百合に男子は、はーい!と返事がいい

女子はほぼ机に項垂れていた

茉莉花も泣きたい気持ちだった


「今年の競技種目はこんな感じでーす!」と大きな紙に種目が書かれ、名前を記入出来るように名目の横に空欄がある


みんな席から立ち、毎年変わる競技種目を見ていた

「では、あみだくじを引く順番を決めるのでみなさん立ってくださーい!私とジャンケンして勝った方からでーす!」


そう言ってみんな立ち上がり片腕をあげて戦闘体制になった