キミが教えてくれたこと



「なんかサバサバして気持ちのいい人だなー」


『私の両親と高校生からの友達で、今はさっきのトリミングサロンで店長さんをしてるの。結婚して小学生のお子さんもいるのよ、そんな風には見えないけど』

茜の元気の良さに茉莉花はいつも救われていた


『…昨日、私に聞いたでしょ?友達はいないのかって』


「あ、ああ…」


今になってハルトは無神経なことを聞いたなと頭をかいた


『小さい頃から母はいなかったから、学校が終わると家に帰って家事をしてたし…。高校生に入ってからは家の足しになればとアルバイトを始めたから、友達付き合いもない上に今更どう友達を作ればいいかわかんなくて…一人でいる方が楽だと思ったの』


ハルトは茉莉花の隣に並んだ


『でも…茜さんやパスタもいるし、孤独ではないの、ほんとに』


だから気にしないで、と眉を下げ笑う茉莉花にハルトは何も言わず頷いた


それでも、教室や授業で一人の姿を見るとハルトは放っておけない気持ちになっていく


昼休み、いつもの中庭で怪しまれないように二人でたわいもない話しに花を咲かせられるようになったことが茉莉花にとっては特別な時間になりつつあった


『はぁはぁはぁっ…』


HRが長引きバイトの出勤時間がギリギリになりそうだった

茉莉花は学校から徒歩20分程にあるアルバイト先へ急ぐ


「茉莉花ー!ファイトー!いっぱーーつ!!」


うるさい…と若干汗を流しながら隣でふわふわ浮いている幽霊を睨んだ


茉莉花は速度を弱めると深く息を整え、「grazie(グラッチェ)」と書かれた看板のお店に入っていく


『お疲れ様です』


「ああ、茉莉花ちゃんお疲れ様。いつもありがとうね」


店内はクラシックな内装でこじんまりした落ち着いた雰囲気。深い木の色をした机に、それに合わせたカウチソファーがある


その奥のカウンターキッチンからふっくらした体型で口髭を生やした優しそうな男性と、隣にいる奥さんであろう女性が茉莉花に声をかけた


「もうすぐ準備が整いそうだから着替えてらっしゃい」


笑顔でそういうとお店の制服を茉莉花に渡し、ありがとうございますと受け取ってバックルームに行った


着替えをすませ、お店に出るとちょうどお客さんが入って来た

すかさず声をかけ、席を案内しメニューの説明をしている茉莉花を見てハルトは感心していた


注文を聞き、オーナーに伝えようとすると通り道にハルトがいて茉莉花は一瞬立ち止まる


「様になってんじゃん」と両腕を組んで道を塞いでいるハルトに『…あんまり見ないで』と少し顔を赤らめて小声で反抗したがハルトは目尻を下げて笑うだけだった



『お疲れ様でした』

夜の営業が終わりに近づき、着替えを済ませ茉莉花は上がりの時間に二人に声をかけた

「お疲れ様、茉莉花ちゃんこれ持って行きなさいな」


そう言って手渡したのは野菜や果物の入った袋だった


「また余っちまったからよかったら使ってくれ」

キッチンの奥からニコリと笑い店長が言う

本当は茉莉花は知っていた。余っているのではなく、わざと多く食材を注文して自分に託してくれているのだと。

自分に気を使わせないように余った、と言ってくれているのを


『…ありがとうございます!』


そんな二人の優しさに笑顔でお礼を言うこと、そしてこのお店に少しでも貢献することが恩返しだと考えている


気をつけて帰るんだよ、と見送ってくれる夫婦にお辞儀をして茉莉花は家路に着いた


「優しい店長さん達だなー」


ハルトは茉莉花の持っている袋を見て、重くないか?と聞いた


『…優しさの重みだよ』

茉莉花は柔らかい表情で貰った袋を胸に抱え込んだ

そんな茉莉花を見てハルトは少し顔を赤らめた


『さっきのお店ね、昔父と母がよく行ってたんだって。私も誕生日には父と二人であそこで過ごすことが多かったの』

そんなに遠くない過去なのに、何故か懐かしく思える


『そこでいつもスパゲティを注文するんだけど、小さい頃一人では食べ切れなくて父と分けて食べてたな…』


ああ、だからか


「…パスタ」


『え?』


茉莉花はいきなり愛犬の名前を呼ぶハルトの方へ向いた


「茉莉花の楽しかった思い出をいつでも思い出せるように、大好きな名前をつけたんだな」


『!』


お店の左端にあるテーブルがいつもの場所だった。カウチソファーに座って母との思い出話しをする父との大切な時間が確かにそこにあった

色褪せないように、忘れないように、大切な家族にそう名前をつけた


『べ、別に!なんだっていいでしょ!』


足早にハルトの前を歩く


「俺分かったんだからな!」


茉莉花の背中に向かって大きな声でそう叫ぶハルトに振り返る


「茉莉花が別にって言う時は照れてる時と嘘ついてる時だ!」

そう言ってニッと笑いこちらにピースサインをする

『ば、馬鹿じゃないの!』

幽霊に私のこと分かられたって嬉しくないから!って言うと、パスタを迎えに茜の店まで走って行った


「素直じゃないやつ」


困ったように笑いながら茉莉花の後を追った





そんな日常に慣れてきたある日、ハルトは一日中ムスッとしていた


『いったい何を不貞腐れてるわけ?』


茉莉花はいつもの様にカーテンを少し開けて布団に入りこんだ


「なぁ、いつになったら名前で呼んでくれるわけ?」


そう、不貞腐れてる理由は未だ茉莉花に名前を呼んでもらっていないことだった


『そんなの、呼ぶ時が来たら呼ぶでしょ』

今まで同世代の人の名前を呼んだことのない茉莉花にとってそれはすごく難しいことだった

ましてや異性となると、恥ずかしさも込み上げてくる


「ぜってーそう言って呼ばないね!一回言ってみろよ!そしたら楽になるって!」


『い、嫌よ!今はそうゆう状況じゃな…』

「茉莉花」


布団を被ってその場を免れようとするとハルトの真剣な声が響いた


腕を組み茉莉花のベッドに座り、少し前屈みになって茉莉花の顔に近付く


「言ってみろって。な?」

至近距離で見つめられ、まるで蛇に睨まれた蛙状態だ


『…は、ると』

「もっ回」

『なっ…!』

「茉莉花」

見つめたまま目尻を下げて、もう一度という表情をする


『…ハルト』

「…よくできました!」


とてつもなく顔が熱い

茉莉花はハルトにばれない様に、おやすみ!と言って布団を被った


当の本人は嬉しそうに宙を舞うと、呑気な声でおやすみーと返す


ドキドキと鼓動が聞こえるのはきっと気のせいだ!とギュッと目を瞑った


こうして幽霊の彼、ハルトと少女茉莉花の奇妙な生活が始まった







クラスにも慣れて来た5月、ゴールデンウィークに入りみんな出来たばかりの新しい仲間と楽しく過ごしていた


茉莉花はというと、相変わらずゴールデンウィーク中大忙しのgrazieでほぼ過ごし登校するとさらに孤立してしまっていた


以前は少し寂しい気持ちもあったが、今は気にならなくなった

それはこの隣にいる幽霊、ハルトの存在が大きいからだろう


『もー!何で起こしてくれないのよー!』

「何度も起こしたけど茉莉花がよだれ垂らして寝てたんだろ!」

『な!垂らしてないわよ!!』


宿題という存在をすっかり忘れ、夜中まで答えの出ない問題に悪戦苦闘していた

休み明けということもあり、まだアルバイト疲れが残っていた茉莉花は宿題が終わったと同時に机の上に伏せて寝てしまったのだ


目が覚めると少し開いたカーテンから明るい日差しと鳥のさえずり


目の前には学校!と叫び時計を指すハルトの指を辿ると登校する時間になっていた


なんとか学校に着いた頃にちょうど本鈴が鳴ってしまった


『…遅刻なんてしたことないのに』

半泣きになりながら教室に向かうと、ハルトは大丈夫大丈夫!と少し自分の責任を感じているのか茉莉花を励まし続けた

そんなハルトを見ていると、拗ねてなんていないのに拗ねたふりをして困らせてしまう


ガラッと教室のドアを開けると既に担任が出席をとっていた


『おはようございます。すみません、遅れました』


「林が遅刻なんて珍しいなー。まだ林の出席取ってないからセーフにしといてやろう」


ありがとうございます、ホッと胸を撫で下ろすともう一度教室のドアが開いた


「すみません!遅れました!」


そこには額に汗を滲ませたクラスメイトが部屋に入ってきた






「川瀬も遅刻なんて珍しいなー。セーフにしといてやるから早く席つけー」


ありがとうございます!と言う彼女にクラスメイトが先生贔屓だー!と騒ぎ出す


それもそのはず、彼女は学校一と言って良いほどの美人で有名だ


以前、他校の男子生徒が校門で彼女を待ち伏せして告白しているのを見たことがある


整った顔立ちでクッキリした二重にふわふわのロングヘアー。おっとりと女の子らしい可愛い声で色白、手足もスラッとしている

育ちがいいのか、いくつも習い事をしていると聞いたことがある


男子は去ることながら、女子からも人気が高い


「綺麗な子だなー。モデルみたい」


席についた茉莉花の後ろでハルトは彼女を見てそう言った


ハルトをちらりと見ると、自分の席と対角線上にいる川瀬百合(かわせ ゆり)に目を奪われているようだった


『…ハルトって、ああいう美人さんがタイプなのね』


ぼそっと呟くとハルトは聞こえなかったのか、なんか言ったか?と聞き返すが茉莉花はそれを聞こえないフリをして一限目の授業を受けていた




いつもの様に、お昼休みは中庭にいた

時間に余裕があればお弁当を作って来るのだが、何分今日は遅刻だったので購買でサンドイッチを買ってそれを頬張っていた


「…なぁ、」


そんな茉莉花にハルトは声をかける


『なに?』


「お前はさっきから何を怒ってんだ?」


一限目からずっと機嫌が悪い茉莉花に、ハルトはとうとう観念したのか本人に直接真意を聞いてみた


『別に』


これは恥ずかしい時と嘘をついている時に言う口癖だとハルトは分かっている

こうなると茉莉花は実に頑固だ


言い当てるまでハルトが問いただすか、途中で茉莉花の機嫌が直るか


いつもならすぐに直る機嫌が、珍しく今日は長引いているのでハルトはこの問題は深刻なものだと認識した


ただ、考えても考えてもまるで見当がつかないのだ


ふぅ、と一息つくとベンチに座っている茉莉花の前に腕を組んでしゃがみ込んだ


自然と茉莉花を見上げる形になる


「わりぃ、マジでわかんねぇんだ。教えてくれるか?」


ハルトは優しくそう聞く。茉莉花も好きで機嫌が悪いわけじゃないのを分かっているからだ


今まできっと誰かに甘えたり、反発したり、そんな当たり前のことを彼女は出来ずに育って来たのだ


いつも我慢をし、言いたいことも言えずただ自分の胸にしまい込んで来たというのが一緒に過ごしてわかってきた


だからこそ、自分に素直な感情を出すのは嬉しいことだったし役に立てているのだと思っている


そして、素直に接すると茉莉花も素直に話してくれるのだ




『川瀬さん…』


「カワセサン?」


ハルトは何のことかわからず聞き返す


『川瀬さん!私が遅刻した後に入って来た人!』


「え?あ。ああ!あの美人さんね!」


思い出し、両手を叩くと茉莉花の表情がムッとなる

そんな茉莉花を見てハルトの顔も強張る


「で、その川瀬さんがどうしたよ?」


少し冷や汗をかきながら理由を聞くが、実は聞かれた本人もよく分かっていない

何故か無性に腹が立って、でもこの気持ちを何て言ったらいいのか悩んでいるのだ

ハルトは何も悪くない。ただ自分の中でこの感情の整理がつかなくて当たってしまう

でもハルトはそんな自分を責めずに優しく聞いてくれた

その気持ちに応えるには素直に思ってることを話すのが一番だと思った


『ハルトが…川瀬さんのこと美人って言った』

「ん?」

『それから川瀬さんのことずっと舐める様に見てた』

「おい!人聞きわりぃこと言うな、見てねぇよ!」

『それがなんか…何て言うか…無性に…』

「………」

『すごく…嫌な気持ちになったの』

「!」


だからハルトのせいじゃない。と言って見上げてくるハルトの視線から逃げる様に目を逸らした


その言葉を聞いてハルトも目線を逸らして組んでいた右手で頭をかく


「えーっと、それってー…つまりー…」

『………』

「ヤキモチ…ってことだよな?」

『…へ?』

「いや、だって他の子のこと美人だとか聞いて嫌な気持ちになったってことはー、つまり…」


そこまで聞いて茉莉花は顔から火が出そうなくらい真っ赤になった


『ち、ちちち、違う!!!絶対違う!!!』

「え、だってすんげぇ機嫌悪かったじゃん」

『違うってば!!…ちょっと!何笑ってんのよ!!』


勢いよく立ち上がるとハルトは手の甲で口元を抑えて笑うのを我慢している


「ぶはっ!ダメだ!茉莉花おもしれーっ」

とうとう声を出して笑い転げているハルトを怒りのままに踏み潰そうとする


『む!か!つ!く!』


顔を真っ赤にしながらハルトを踏みつけるが、実体のない彼には効くはずもなく芝生を踏む音しか響かなかった


「ははは、わりーわりー」

全く悪いと思っていないだあろう彼の言葉に両腕を組んでそっぽを向く

そんな彼女の目の前に立ち、ハルトは人差し指を茉莉花の口元に持っていく

「…そうゆう素直なとこ、可愛いじゃん」


また真っ赤になって怒る茉莉花を見てハルトは目尻を下げて笑っていた





お昼休みが終わりに近づく頃、茉莉花とハルトは5限目の移動教室に備えて早めに教室へ向かっていた

ハルトはまだ茉莉花のヤキモチに笑っている


『もー!しつこいなー!違うって言ってるでしょ!』


「はいはい、そうだよなー。茉莉花ちゃんはヤキモチなんて妬かないでちゅよねー」


茉莉花はいつまでも同じ事を言ってくるハルトに嫌気がさし、階段を一気に駆け上がって教室の方へ曲がろうとした時にあっかんべー!とハルトに向かって舌を出した


「!あ、茉莉花!」

『え?きゃあ!』
「きゃっ…!」


ハルトの声と視線の先に目を向けるといきなり目の前が真っ暗になり、誰かとぶつかってしまった


『いたた…ご、ごめんなさい』


打った鼻を抑えて前を見ると、先程話の発端になった川瀬百合がいた


「林さん、大丈夫!?ごめんなさい、私、よそ見してたから…」

『いえ、あたしが前見て無かったので…』


百合は茉莉花の肩に手を置き、抑えている鼻を見る


心配そうな顔をする百合が視界いっぱいに広がる。透き通るような白い肌にパッチリした二重、左目には涙ボクロがあるのを見つけた


綺麗…そんな風に思っていると、ハルトが大丈夫か!?と駆け寄って来た


その声に茉莉花も我に返る


『…あ、ごめんなさい。あたしは大丈夫、川瀬さんは大丈夫だった?』


「私は大丈夫よ、ほら、私巨人だから!」

そう言って何故か自信満々に胸を張る

確かに女子の平均では高いであろう170cm近くある身長のおかげで怪我は無かったみたいだが、自分で自分のことを巨人という言葉のチョイスに彼女のイメージが少し変わった

それを面白おかしく言ってるわけではなく、真剣に言う眼差しがもしかして…天然?と茉莉花達の頭を駆け巡った


「鼻…痛かったらこれで冷やしてね」


優しく、可愛らしい声でそう言うとピンクの花柄をモチーフにしたハンカチを手渡された

茉莉花達は呆気にとられたまま廊下で棒立ち。百合はじゃあ…というと階段を降りていった


『なんか…何ていうか…』

「…不思議ちゃん?」


そうだ、その言葉がしっくりくる

貸してもらったハンカチを見ると、その向こう側の床に何か落ちているのが見えた


拾うと写真サイズの小さなアルバムだった

川瀬さんが落としたものだろうか、と確認の為にごめんなさいと心の中で謝りながら1ページ目を開く


『!?』






『これは……』

アルバムの中には先程の川瀬百合さん…なのだが、写真の中の彼女はかなり短いふわふわのスカートに胸元にハートのキラキラしたブローチ、ボディーラインが強調されるようなピチっとした服、ふわふわの長い髪は高い位置で横に二つ結びしくしゅくしゅのお団子になっている

手には宝石が散りばめられたかのようなキラキラのステッキ

見るからに非現実な服に身を包み、笑顔でポーズを撮る川瀬さん

何か見てはいけない物を見てしまったのではないかと、青ざめる茉莉花の横をどうした?とハルトが近付く


「お、これ深夜にやってるアニメのキャラクターじゃん」

そう言ってアルバムを見るハルトに複雑な顔をする


『…ハルト…こういうのが趣味だったの…?』

「ちげーよ、こないだ茉莉花が夜中まで課題やってた時にたまたまテレビでやってたんだよ。茉莉花課題に必死だったからチャンネル変えてって言えなかったしそのまま見てた」


ま、なかなかおもしろかったけどと言うハルトをもう一度複雑な顔をした

『川瀬さん、こういうの好きだったんだ。全然知らなかった』


「仲の良い友達には公認なんじゃねぇの?」


『んー、一年の時から才色兼備だって有名だけど…それ以外のことは…。それに男女問わずいつも周りにたくさん人はいるけど、特定の仲が良い子っていうのは見たことないかな…』

休み時間や班行動ではたくさんの人たちに引っ張りだこだが、たまにふと一人で読書していたり個人行動をしているところを何度か見かけたことがあるのを思い出した


『とにかく、これ返してあげないと…きっと困っちゃうよね』


アルバムを閉じて茉莉花は大事にポケットに仕舞った

「中身見たって言わない方がいいのかな?」

『だめ。そこは正直に見てしまったって謝る』


そうハッキリ言う茉莉花にハルトはふっと笑うと、そうだなと返した


茉莉花はハルトと教室に戻り、教室移動をした






今日の授業は5限で終わりなのだが、茉莉花はなかなか百合にアルバムを渡せずにいた


教室でも、移動も、いつも誰かが百合の側に行き話込んでしまう


できる限り一人きりの時に返したいのだがなかなかチャンスが掴めない


「立ち替わり入れ替わり、いろんな子が川瀬さんのとこに行くのな」


『彼女、才色兼備だし分け隔てなく誰とでも仲良いし気さくだからみんな憧れてるのよ』


そう、茉莉花自身も自分に持っていないものをたくさん持っている百合をいつも羨ましいと思っていた

自分も少しでも彼女の気さくさや人懐っこさがあれば…と

「彼女には彼女のいいとこがあって、茉莉花には茉莉花のいいとこがある。自分が他の誰かになることは出来ない、けど他の誰かも自分になることはできない」


『え?』

ハルトは百合を見つめる茉莉花にそう言った


「俺は茉莉花の優しいとこや、気の利くとこいっぱい知ってるぞ」

あとヤキモチ妬きなとこ、としゃがんで茉莉花の机に両腕を組んで置き、笑顔で見上げそう言った

茉莉花は目の前のハルトに胸が熱くなった。きっと顔も赤くなってるだろうと予測出来たので「…馬鹿じゃないの」とそっぽを向いた


ハルトにはいつも心の中を見透かされてるみたいだった

何も言わなくてもそっと寄り添ってくれる

欲しい言葉を躊躇なく言ってくれる

否定することなく受け入れ、その上で自分の意見を述べてくれる

優しい、そんな簡単な言葉じゃなくもっとシンプルで、でももっと熱くなるような…


そこまで考えた時、一つの言葉に辿り着いた


”好き”


考えた瞬間、心臓がすごい音を立てた

思わず手の甲で口元を抑える


「…茉莉花?」


心配そうに見上げるハルトに見られたくなくて窓の方へ体を向ける


ーー好き

何の前触れもなく自分の気持ちに気付いてしまった

ーーでも、


そうだ、彼はこの世にはいない人なのだ


そう考えると今度は胸が急に苦しくなった

だんだんと頭の中がクリアになってさっきまで聞こえなかったクラスの騒がしさが耳に入ってくる


茉莉花はハルトに、なんでもないよと笑顔で返し入って来た担任を見て帰宅準備をした


好きと気付いたが、叶わない恋だとも気付いた


茉莉花はそこから考えることを止めて、教卓に立つ担任の話を聞いていた