「お前、寝相わりーなー」
『………。』
朝、いつもの様に目覚めるとそこには見ず知らずの青年がいた。
『きゃぁああぁああぁあああ!!!!』
それも、宙に浮いて
〜キミが教えてくれたこと〜
『ちょ、ちょちょちょ、ちょっと!!あ、あなた誰!?てゆうか、なに!?浮いてるんだけど!!!』
少女、茉莉花は目の前の信じがたい光景に目を見開き持っていた掛け布団を抱え込んだ
「いやー、それがさー、俺死んだっぽくって。目が覚めたらここにいたんだよ」
青年はどこかの制服であろう学ランのスラックスと、まだ肌寒い季節には似つかない半袖のカッターシャツを身につけて宙に浮いたり寝転んだりして人間には到底出来ない動きをしている
これは夢だ夢だ…そう眉間に皺を寄せもう一度ベッドに潜り込む茉莉花を見て、青年は近寄り声をかける
「おいおい、俺だって困ってんだよ。とりあえず話そうぜ」
『困ってるなら出てってよ!自由に飛んでいけばいいでしょ!?もうほんと、やだー!私霊感なんて無いのにー!!』
茉莉花はとうとう布団を頭までかぶってしまった
「それがよー、そうしたいんだけど…」
そう言うと窓の前まで静かに進み、出ていこうと体勢を整える
「見てろよ?」
そっと布団から顔を出し、目だけ出し青年を見る
「ぬ…ぬおおおおおおおおおうっ!!!」
『ひゃっっ!?』
窓に手をかけ出て行こうとした瞬間、体に電流の様なものが走り青年は床に項垂れてしまった
『な、なに…今の!』
「…俺にも分かんねぇよ…。とにかくこの部屋から出ようとすると、こんなことになるんだ…」
床にうつ伏せになり顔だけを茉莉花に向けてそう言った
『そ…そんな…』
ーーそんなことってある!?
顔を真っ青にしながら青年を凝視するが、事態が変わるわけでもなくそのまま数秒の時が止まる
チリンチリン
小さな鈴の音が鳴って我に返るとそこには起きたばかりで体を伸ばしている愛犬が足元から出てきた
『ぱ、パスターーーっ』
「パスタ!?どう見てもチワワだろ!」
心細い気持ちを埋めるように、愛犬パスタを抱きしめて青年の言葉にムッとする
『パスタって名前なの!』
愛犬がいた事により少し気持ちが落ち着いてきた
「変わった名前だなー。お、でも結構男前じゃん!」
青年はパスタに近づき笑顔でそう言うと、自然に顔が近くなった
目尻が下がり、屈託のない笑顔と距離に一瞬ドキリとしたがパスタの抱きしめる力を強くし青年から遠ざける
『ぱ、パスタは女の子です!!!』
恥ずかしさを隠すように大声で伝えた。
ハッとして時計を見ると、学校に向かう準備をする時間だった
『わ!学校!!』
掛け布団をめくり、慌てて制服を着ようとしたが一瞬静止しジロリと青年を見た
「?」
『……。ちょっと出てってくれる?』
「なんで?」
『着替えるの!!あなたがいたら着替えられないでしょ!ほら早く…っ!』
そう言って青年の背中を押し部屋から出そうとすると、茉莉花の手がするりと背中を貫通してしまった
『……え』
「ほら、俺幽霊だから。実体ないの!」
『………。』
茉莉花は青年と、青年を触ろうとした手を見比べる
『き、』
きゃあぁあああぁあぁぁ!!!!
本日何度目かの茉莉花の叫びが響いた。
疲労感たっぷりの体をなんとか動かし、玄関で自分を見送る青年、もとい幽霊を見る
『…じゃあ、私、学校行くから』
「おう!しっかり勉強してこい!」
何故か仁王立ちで偉そうに言う青年にため息をつきながら、玄関のドアを開けようとすると「なぁ」と声をかけられた
「名前!なんて言うの?」
『え、あ…、茉莉花。林茉莉花(はやし まりか)』
「茉莉花な!よろしく!俺はハルト!」
そう言った後、少し困ったように笑いながら
「わりぃ、今、それしかわかんねぇんだ」
と話す青年に何故か胸が締め付けられた
『じゃあ…私行くから…』
「おう!茉莉花、いってらっしゃい!」
その言葉に少し驚き、振り返らずに小さな声でいってきます、と呟いた
一体いつぶりだろう、誰かに「いってらっしゃい」と笑顔で見送ってもらったのは…
閉めたドアを背にし少しくすぐったくなるその言葉を胸に、ぎゅっと目を閉じた後ゆっくりと開き弾む気持ちを降りる階段の足に乗せた
思ったより予定時刻を過ぎていたので少し足早に学校へ向かっていると、遠くの方で叫び声が聞こえた
風を切る音と混じっていたその声を目で探していると、だんだんと声が近くなっているように思える
「ぬおおおおお!!!!なんだこれぇえぇぇえ!!!」
振り返るとハルトが胸を突き出し、宙に浮いたまま茉莉花の方へ高速で向かってくる
『い…いやあぁああああぁあ!!!』
振りほどいても振りほどいても向かってくるハルトに茉莉花は全速力で逃げる
ハルトは自分の意思とは無関係に動く体に振り回されて若干白目を剥いている
それにさらに恐怖を覚えた茉莉花は学校まで全速力で向かった
『はぁはぁはぁ…っ、な、なんなのよもうっ…』
全速力のおかげか予鈴より10分早く着いた。息も絶え絶えに膝に手を置き、ハルトを睨みつけたがハルトも中庭のベンチで仰向けになって意気消沈している
『あなた、あの家から出られないんじゃなかったの?』
息も整ってきた茉莉花は着ていたブレザーを脱いでハルトの寝ているベンチに腰掛ける
「わかんねぇ…。確かにあの家から出ようとしたら体に電流が走ったんだよ。どこの出口から試してもそうだったし」
トイレの小窓から出ようとしてもだぜ!?ベンチからがばりと起きて訴えるハルトに、「馬鹿じゃないの」なんて思いながらチラリと目線を移した後ため息を吐く
「もしかしたら…」
ハルトはベンチを跨ぎ茉莉花の方に体を向ける
「出られないんじゃなくて、茉莉花から離れられない…とか?」
『………。』
そんなこと…とは思ったがもう既に朝からあり得ない状態ばかりの今、安易に答えを導き出せなかった
『ちょっと、この場から離れてよ』
「え?」
『いいから!試してみないとわかんないじゃない!あなた死んでるんだし、ちょっと電流が流れるだけでしょ!』
「ちょっと!?見ただろ俺の可哀想な姿を!!」
『いいから早く!男のくせに小さいわね!』
「なんだとこのやろう!この…っ人でなし!絶対恨んでやる!!」
もうお前なんか知らねー!バーカバーカ!と半泣きになりながらその場から離れようと宙を漂おうとしたその時…
「ぬおおおおおおおぉおぉおぅっ!!!」
音こそはしないが、ハルトはまるで電流が走ったかのように体が硬直しへなへなとその場に落ちた
『…そうみたいね』
「だから言ったじゃねぇかよーぅ…」
ごめん、と思いながらもハルトの反応が面白くて少し心の中で笑ってしまった