「Episode11」
ママの手紙を見た後、すぐに引越しをした。
そして、私はあることを絶対に守ろうと決めた。
瞬を好きなのをやめること。
私は、ほかの人を好きになって幸せになる。兄妹はダメだよ。
男なんていっぱいいるんだから。瞬じゃなくても大丈夫。これからだって出逢いなんかいっぱいある。
瞬と出逢ったのは、パズルのピースの一つにすぎない。
そう、ただのピースにすぎないから。
忘れられる。
名前で呼ぶのもやめよう。
よけいに忘れられなくなりそうだから。
だから、これで最後。
瞬。
〔私は、あなたを心から愛していました。〕
ママに言ったじゃん。男なんていっぱいいるって。
私は、深呼吸して前を向く。
そして、新しい環境へと一歩踏み出した。
新しい環境になれ始めた私は、莉音と宮野に書いた手紙のことを思い出していた。
莉音には、離れていても大好きだってことと、もう会えないってことを書いた。
でも、宮野にはありがとうって気持ちとさようならの言葉しか書いていない。
最後まで気持ちを書こうか迷っていた。
でも、書けなかった。
だって、宮野はもし私の気持ちを知ったら、私を見つけてくれるでしょう?それで、笑顔で好きだって言ってくれるような気がしたから。
もう、嫌だった。
これ以上、私を見てほしくないの。
私は最低だから。
二人の気持ちを裏切って、二人から逃げてる。
だから、私のことを嫌ってほしい。
そう思ってるくせに、手紙を書いちゃっていた。
私、覚えててほしいのかな。
逃げたくせに。
二人から、宮野と莉音から、逃げたくせに……。
覚えててもらう資格なんて、ないじゃん。
気持ちを伝えたいのは本当だった。でも、きっとそれだけじゃない。
仲良くなれた大切な親友だった人と、大好きだった男の子に、私は覚えててもらいたかったんだ。
「ずるいや……私、何してんだろ……うっ……」
逃げたくせに覚えててほしいなんて、都合よすぎじゃん、私。
「大丈夫?」
「へ……?」
ヤバ、ここ学校だった。
「ごめんなさい。大丈夫です」
私はそれだけ言って、教室から飛び出した。
「よかった……下校中で……」
もう少ししたら、学校はきっと静かになるだろう。今日は部活もないし、先生たちは会議でもう職員室に集まっているころだし。
「莉音、宮、野……会いたい……」
私は、届いてほしくない気持ちを、ここですべて吐き出した。
会いたいけど、これ以上は、もう……。
関われない。
【莉音side】
栞菜……。なんでなの……?私じゃ、もう栞菜のそばにはいられないの……?
こんな手紙、もらったら会いたいにきまってるじゃん……。
口で直接言いなさいよ……!
「絶対に会いに行く!」
私は、瞬君のところに行った。
「瞬君。栞菜はどこ?」
瞬君は俯いて、一言ごめんと言った。
「ごめんが聞きたいわけじゃないよっ!栞菜がどこにいるか聞きたいんだってば……!」
私は、寂しくて、悔しくて、泣きながら瞬君に言った。
「栞菜が、どうしてこれを送って来たのか、なんとなくわかるのっ!……お願い。教えて……」
「ごめん。分かんねぇんだ……親父も、何も知らないって言ってるんだ。だから、俺も知らない」
「なら、お父さんに会わせて」
何としてでも栞菜に会って、バカって言ってやるんだからっ!
「親父にかっ!?いいけど、教えてくれるかわかんねぇぞ。そう言ったとしても、ぜってぇ会うんだろうけどな。お前は」
あったりまえでしょ!
「今日は仕事が休みだし、帰りに俺の家寄ってけよ」
「うんっ!」
やったっ!何が何でも、絶対に聞きだすっ!
「頑張るっ!」
「ふはっ。ほんと、栞菜のことになると必死だな」
「当たり前でしょ!親友のためなら、何でもするんだからっ!」
そう、栞菜はどこにいたって私の親友でしょ。こんな別れ方、許さないんだから!
「栞菜にあって、文句言ってやるの!」
「は?」
宮野はなんでだとでも言いたそうな顔で私を見る。
「だって、こんなに会いたいくせに、絶対に会おうとしないつもりだから。私だって、会いたいのに!」
会いたいなら会ってほしい。
嫌いならもう関わったりしないから……。
「河合ってさ、変わったよな」
私が?
「だとしたら、栞菜のおかげっ!」
栞菜と友達になれたから、親友になれたから私は変われた。前のグループの子たちにも変わったと言われた。
全部栞菜のおかげだ。
「まだ、お礼も言えてないんだから。これでお別れなんて、許さないっ!」
「じゃ、今日の放課後な」
「うんっ!放課後に、瞬君の席に行く!」
「ああ」
私は、放課後を楽しみに、今日の授業を受けた。
「瞬君っ!いこっ!」
「よし、行くか」
瞬君は鞄を肩にかけて席を立ちあがった。
私は、瞬君の家についた瞬間、変に緊張して体が前に進まない。
「河合、大丈夫だ。俺だって、栞菜に会いたいんだ。俺だって栞菜と話したいんだ」
そうだよ。瞬君だって、栞菜に会いたいんだよ。だって、大切な子だから。
「……うん。もう、平気」
栞菜の方がきっとつらいと思う。栞菜は何も教えてくれなかったけど、絶対に何かあった。だって、こんなに苦しそうな手紙を送って来たんだ。
「じゃ、行くぞ」
「うん」
私は瞬君の後に続いて家に入った。
「親父、話があんだけど」
「ああ。分かった」
リビングにあげてもらった後、瞬君はすぐにお父さんに話があると言って、話せる場所をつくってくれた。
「瞬君のお父さんなら知っていますよね」
私は、瞬君のお父さんに問いかけた。
「何をかな?」
「栞菜の居場所です」
「……っ!」
やっぱり。瞳の奥が一瞬揺らいだのが分かった。隠そうとしてる。でも、隠し通せるわけない。
「いや、悪いけど僕は知らない」
「嘘です」
「嘘じゃないよ」
「嘘です」
嘘だと言いきれる。だって、お父さんは目を合わせてくれないもん。つらそうな顔してるんだもん……。
「栞菜は、どこにいますか」
「親父が本当は知ってるってこと、分かってんだ。頼む、教えてくれ」
言わないでほしいと言われていることはわかっている。それでも聞きたい。会いたい。たとえ栞菜が会うことを望んでいなくても、今回は、今回だけは譲れない。
「栞菜が会いたくないと言ったと思います。でも、瞬君のお父さんだって気付いてるはずです。気持ちを言ったら、迷惑になるとか、会うのが怖いと思っていることに。だけど、それは私たちのことを気にしているってところもある。それに、迷惑か迷惑じゃないかなんて、栞菜が決めることじゃないです。それに、きっと栞菜は今、独りぼっちです」
「独りぼっち?僕は栞菜ちゃんを独りぼっちにしているつもりなんてないが」
そんなの瞬君のお父さんの思っていることでしかない。
「栞菜の周りが独りぼっちじゃないって思ってたって、栞菜の心は独りぼっちです。私や瞬君には、手紙を書いて距離をとろうとしている。瞬君のお父さんにだって、迷惑をかけたくないって、きっと思ってます」
栞菜は、迷惑をかけることをとても怖がってる。だから、たとえ自分が傷ついても、寂しくても、絶対に離れようとする。瞬君のことだって、きっと……
「何故君はそう思うんだい?」
「栞菜は、迷惑をかけることが嫌なんです。お母さんにだって、迷惑をかけたくないからってずっとみんなに愛されるような子になろうとしてたし、仕事の邪魔になるかもって、いろいろ考えてたみたいで、なかなか電話さえできなかったほどです。それなのに、次はこんな状態で私たちにあったら心配させてしまう。迷惑をかけてしまう。そう思ったんじゃないかって思います」
あくまで私の思ったことだけど、それに、私はこんな状態ってどんな状態かわからない。
だけど、栞菜が苦しんでるってことだけは、絶対に間違いじゃない。
「お願いしますっ!栞菜の居場所を、教えてくださいっ!」
私は、必死に頭を下げた。
「親父、頼む」
瞬君もお父さんに頭を下げて頼み込む。
「頭を上げなさい」
そう言われて、頭を上げると、そこには涙ぐむ瞬君のお父さんの姿があった。
「ありがとう。栞菜ちゃんをこんなにも想ってくれて。僕じゃ、栞菜ちゃんは助けられなかった。……でも、君達なら、何とかなるような気がするよ。栞菜ちゃんを、僕の娘を、助けてください」
瞬君のお父さんは私たちに頭を下げた。
「大丈夫です。絶対、連れ戻しますよ。明るくて、頑張り屋さんの、優しい栞菜を」
私はそう言って、瞬君のお父さんの手を握った。
「ちょっと待っていてくれ。今、住所と通っている学校のメモを渡すから」
そういって、瞬君のお父さんは奥の部屋へ行ってしまった。
手紙に書いてあったらしい。
絶対に誰にも知らさないで、来ないでほしいと念を押して。