《 白鳥の憂鬱。》
side 白鳥柚子
「柚子ちゃん、柚子ちゃん。また先輩、柚子ちゃんのこと見てるよ。」
「え?」
昔からずっと一緒の幼なじみ、菜子ちゃんに言われて、私は首を傾げる。
「え? じゃなくて! 一ノ宮先輩!」
「あ、あぁ、先輩のことか……。」
「もう! 聞いてなかったの?」
菜子ちゃんの怒りようを見れば、絵を描くのに集中してて聞いてなかったとは、とてもじゃないけど言えない……。
仕方なく苦笑いして、その場をごまかす。
「ごめんね、菜子ちゃん。」
「……柚子ちゃんは可愛いから許す!」
「あ、ありがとう。」
今日の菜子ちゃんは、一段とテンションが高い……。
私の名前は、白鳥柚子(しらとり ゆず)。
平沢高校の一年生、美術部。
隣にいるのは、大桑菜子(おおくわ なこ)ちゃん。
二年生、同じく美術部。
私達の通う平沢高校での一番の話題。
それは私や菜子ちゃんの入る、美術部の部長でもある、一ノ宮紫苑(いちのみや しおん)先輩だ。
容姿端麗、頭脳明晰、運動神経も抜群……これぞ文武両道。
部活では顧問の先生から、絵を高く評価されていて。
正に打ち所無しの、一ノ宮先輩。
菜子ちゃんからしても先輩は憧れ中の憧れならしく、よく先輩の話をして来るけど……。
「にしても先輩……、絶対柚子ちゃんのこと好きだと思うのになぁ。」
私は正直、一ノ宮先輩が苦手だったりする。
「そうかな……。気のせいじゃない?」
正確に言えば男の人が苦手。
その中でも先輩は、何故か格段に苦手。
……だって、先輩……。
「気のせいじゃないって! ほらっ、また柚子ちゃんを見てる!!」
先輩はいつも、悲しい瞳で私を見てくる。
気づかない内に、先輩は何処からか私を見ていて。
私がそれに気づいて視線を向ければ、先輩は何も無かったかのように視線を逸らす。
それが酷く気になって、ムカツク。
本当に私が気にかかるなら、声ぐらいかけてくれればいいのに……。
男の人が苦手と言っても、恐怖症でもなければ、嫌いでもないのだから。
逆に、コソコソと見られる方が嫌に思う。
そんな私の心境を知らない先輩は、本当に良く私を見てくる。
「柚子ちゃん柚子ちゃん!!」
菜子ちゃんが煩いので、仕方なく私は先輩に目を向ける。
……また目が合った途端に逸らされた……。
気分が悪い。
「……ごめんね、菜子ちゃん。私、今日はもう帰る。」
そんな気持ちのまま絵を描き続けるのも嫌だと思い、私はキャンバスなどを片付けていく。
「えぇ〜っ。」
案の定、菜子ちゃんは不満の声を上げた。
「お母さんに買い物頼まれてて……ごめんね。」
でも私がそう言えば、菜子ちゃんは仕方なさそうに手を振る。
「そっかー……。柚子ちゃん家、大変だもんね。バイバイ、柚子ちゃん、また明日。」
「うん、バイバイ。」
私も菜子ちゃんに手を振り返した。
重たい鞄を肩にかけ、美術室の扉に手を掛ける。
美術室から出る際、ふと奥にいる一ノ宮先輩に目を向けてみた。
先輩はやっぱり、悲しい瞳でこっちを見ていた。
「……嫌な感じ。」
ぽつり呟く。