翌日は雨だった。美奈子が朝、隣家のチャイムを鳴らすと、インターフォン越しに琴子の母親が出て応対した。

 少し風邪気味のようなの。熱は高くないんだけど、雨も降っていることだし、きょうはお休みするわ。ごめんなさいね。

 言葉は丁寧だったが、声が固かった。
 梅宮紀行からかかってきた電話のこと、姉の真由子と琴子のママが交わした会話について。いろいろと相談しようと考えていたのに、当てが外れた。

 夕べ、美奈子は迷った末、昼間の出来事とさっきかかってきた電話のこと、琴子がそのことでママに叱られたことなどを、真由子にざっと説明したのだった。
 話を聞いた真由子は腕組みをしてしばらく考えて、結論を口にした。

「言っちゃえばいいのよ、本当のこと」
「本当のこと?」
「ええ。梅宮紀行って名乗るS高校の男子生徒に校門のところで声を掛けられたって、そう言えばいいの。だって、あのおばさん執念深いじゃない? たとえば今度のことで、琴子ちゃんをしばしば学校に送り迎えとかするようになって、それでもしも、その梅宮君がまた待ち伏せたりしてたら、途中でばったり鉢合わせってことになるかもよ。そうしたら、あなたが言わなくても、どうせあの人の知るところになるわ」
「そうかもしれないけど……」

 どのみち琴子のママが知ることだとしても、わざわざ自分から人の家庭に波風を立てることを口にするのはどうだろう。
 それに琴子がママに、知らない人だったと、もう言ってしまったのだ。

「でもね、お姉ちゃん、わたしが梅沢紀行の名前を出すと、琴がまた責められちゃうと思うの。ママに嘘ついたって」
「そうね。でも、時間がたってから明るみになる方が、もっとマズい状況だと思わない? それこそずーっと嘘をつきとおしてたのかってことになるのよ」

 黙って考え込んでいる美奈子に、真由子は重ねて言った。

「もともと琴子ちゃんが悪いわけじゃないんだし、自然に知れるまで待ってないで、わかっていることをこちらから話してすっきりした方が琴子ちゃんにもいいと、わたしは思う」
「うーん」

 美奈子は手にしたカップのココアを飲み干して言った。

「わかった。あした学校で琴に相談してみる」
「そうして。それで帰ったら、電話に何て答えたらいいか教えてちょうだい」
「お姉ちゃん、本当に電話、取り次がないつもりなの?」