ロイ…どうして逃げてばかりなの?
…まさか、ロイはただの妖精に過ぎなくてシキ達のように魔法なんて使えない…?
私を逃がすためだけの口実…?
夢と、同じだ。
私が見た夢と同じだ。
ぼんやりとしか分からなかったけど夢の中でこの光景を見た。
二人の人が戦っている光景を。
どとらかが動かなくなる光景を。
まさか、まさか。
この夢はこの事を現していた…?
こうなる事を私は夢で見た…?
「く…っ…」
先程の傷を庇いながら攻撃を交わすロイだったけれど ついに地面に肩膝をついてしまった。
ロイにとってこの戦いも、長期戦も不利でしかない。
攻撃が出来なければ…ロイに勝ち目なんてない。
「弱者は黙って眠ってなよ。永遠に…邪魔しないでよね!!」
ミルが片手を空へ上げる。
そのまま振り下ろすと同時に無数の黒い光のような矢がロイ目掛けて突き刺さる。
「…う゛っ…」
小さな呻き声を上げてロイは力なく倒れてしまった。
「……っ」
嘘よ、嘘よ…ロイが死ぬなんて、嘘に決まってる…!!
自分の口を押さえて声を出さないようにする私だったけど、ロイが死んだという事実は私を動けなくするのには充分過ぎた。
ーーガサッ
隠れているという事を忘れ木に寄りかかるようにして座り込む私に草の擦れる音が響く。
「うん?そこに誰か居るのかなぁ?」
楽しく歌っているかのような声を出しながら私の方へ近付いてくる一つの足音。
ミルだ…ミルしか居ない。
足音が聞こえるってことは今度は飛んでないんだ…。
冷静な事を考えている割に、ここから動けないでいる私は相当な馬鹿なのかもしれない。
「み〜つっけた♪」
それと同時に私はハッとして顔を上げてしまう。
そこには不気味なほどニヤついているミルが私を見つめていた。
その表情に体は無意識に強ばる。
「君は殺さないよ?
僕たちのボスがそれを望んでいるからね…少し眠ってもらうだけさ♪」
私の目の前で手をかざす。
もう、私には逃げるなんて言葉は脳内から消え去っていた。
ただ、ぼんやりとミルの気持ち悪い獣の手を見つめるしかできなかった。
殺されるかもしれない恐怖と。
ロイが殺されてしまった恐怖。
こんなにも私は弱かったんだ。
自分ひとり守れない、弱虫なんだ。
もっと色々しておけば良かった。
もっとちゃんと言いたい事を言えば良かった。
目を瞑る私だったけど、一向に痛みも何も襲ってこない。
「………?」
不思議に思って目を開くと…。
「…っ、ロイ…!!」
ボロボロの体で私の前に立つロイが居た。
「まだ生きてたんだね…全く、手のかかる虫けらだよ」
冷たく私達を見下ろす。
「ロイ、逃げよう…一緒に逃げよ…?」
やっと事で口から出た言葉は自分が思ったより震えて、小さかった。
「…はっ…平気、だよ…」
私の方を見ていつもと変わらない笑みを浮かべるロイ。
どうしてそんなボロボロになってまで私を助けようとするの。
どうしてそんな、笑っていられるの。
「ダーク ネス リゼメント」
「ろ、い…ロイ…!!」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
ミルが何かを呟いた途端に地面から紫のような黒い物体が2匹現れてロイを銜えた。
言うなれば、龍。
ロイの右手と左手に噛み付くようにして空へ舞う2匹の龍達は容赦なくロイを襲っていく。
悶絶するような痛さを味わっているであろうロイからは叫びにも似た声をあげている。
やめて、やめて辞めて…。
「もう…やめてよ…」
涙を流しながらミルを見上げる私に彼は口元に笑を絶やさぬままパチンと指を鳴らす。
その内の1匹の龍がミルの側までやってきて地面に戻っていった。
なんなのよ、一体なんなのよ…。
口から大量の血を吐き出すロイ。
いや、口だけじゃない…至る所から流れ出す。
早く手当しないと本当に死んじゃう。
「彼らはね?血の匂いを嗅ぐとより凶暴になるんだよ」
…まるでサメだ。
そんなに嗅覚がいい動物がサメ以外にいるなんて…ううん。
こいつらは動物なんかじゃない。
魔物なんだ、平気で私達を、人を傷つける魔物だ。
「…っ、ぐは…ユイちゃ…君は、なんとしてでも…生きて、彼らを…」
ーーグシャリ
最後まで聞き取れないうちに魔物はロイを跡形も無く飲み込んだ。
「ロイ…ロイいいいい…!!!!」
私は構わず泣き叫んだ。
声が枯れるほどに、叫んで叫んで。
「美味かったろ?
さあ、もう用は済んだ戻って」
ロイを飲み込んだ魔物は、またも地面に戻っていった。
残されたのは私とミル。
辺りを見てもロイの気配、存在、何もなかった。
本当に…居なくなってしまった。
「そんなに睨まないでよ♪」
まるで何事もなかったように優雅に飛んでいる彼を見ると腹が立つ。
ロイが吐き出した血すらも、跡形も無く消えていて。
最初からロイの存在が無かったような…元々居なかったような。
そんなこと、しないで。
「ロイを返してよ!!」
「君がアイツを信じた。そうでしょ?」
違う。
そんなことない。
「君がアイツを守れなかったのは僕のせいか?」
…違う。
「アイツが僕に負けたのは力が無かったからだ。
アイツがダークネス リゼメントに勝てなかったのは
君を守りたいという意思が弱かったからだ。
アイツが死んだのは君が無力だったからだ!!」
「違う!!黙れ!!私に力があればロイを助けられたかもしれない。
でも、それ以上ロイを馬鹿にしないで!!
アンタが居なきゃロイは死なずに済んだ!!」
私がロイを信じてしまったからだ。
自分を信じ、ロイを助ける方法を選んでおけばよかった。
そうすれば、ロイは死ななかった。
「アイツなんて生きてようが死んでようが同じでしょ」
ブチリと。
私の中で何かが切れる音がした。
私を守りたいという意志が弱かった?
そんなわけない。
ロイは最後まで私を守ってくれた。
それの何処が弱かったのよ。
ロイは強かった。
例え戦えなくても、彼の意志はとても強かった。
「…許さない。
私はアンタを…ミルを許さない!!」
「許して欲しいなんて言ってないよ」
堪忍袋の緒が切れた合図だった。
私がロイを守りたいと思ったようにロイも私を守りたいと思ってくれていた。
ポケットに入れていた杖が青白く光る。
無意識のうちにその杖を握ると短かった杖は大きな、まるで魔女が持つような杖へと変わり杖の先端には虹色の宝石が埋め込まれていた。
そして、私の口は勝手に動いていた。
「クロッシング ライト レーザー」
その言葉とともに、まるでミルを中心にするように2本の光が交差する。
見事、貫通していく光の放射だったがそれだけでは倒れない。
私より強い、はるかに。
比べ物にもならないかもしれない。
「…く、…君は一体…」
そう、聞こえた気がしたけど私は気にせずに続ける。
「灼熱の焔たる炎よ 我に集いし 汝等全てを燃やし尽くせ
…ファイナル ヴァン バースト」
杖の先端に埋め込まれていた宝石の色が虹から紅く燃えるような色に変わる。
その瞬間、今まで何もなかった地面が突然揺らぎだし、ゴゴゴゴ…と爆音を奏でる。
私を守るように張られた水のバリアと
目の前には私が唱えたであろう呪文の言葉を受け
炎の海と化していた。
そこにミルの姿はなく、恐らく逃げたのだろうと思う。
ユラユラと燃える炎を見つめながら私はロイを想っていた。
守れなくて
死なせてしまって
ごめんね、ロイ…。
私に助けを求めたのはロイなのに。
そのロイを私は殺してしまった。
もっと早く、助ければ良かった。
数分して辺りを包んでいた炎は音も無く消え去り、私を守ってくれていた水の壁も消え
私を含め、焼け焦げた森しか残らなかった。
「…カメ女!!大丈…っ!?」
その声を聞いて安心したのか私の意識は途絶えた。
【シキside】
「お前らはどう思う」
静寂の森に俺の声が静かに響く。
「そうですね。私はユイさんが放ったものだと」
「俺もそうだなあ、彼女だと思うよ」
チラリと俺達はあの女を見る。
未だに眠っているアイツを見ていると複雑な気持になる。
突然あの女とロイが俺達から消えた。
その時点でミルが関わっていると直ぐ分かったのは良いんだが
その張本人であるミルの姿さえ見当たらなく俺達は最悪の出来事を考えた。
奴等の狙いがアイツだとするなら、俺達は邪魔な存在になる。
俺達に攻撃をして来なかったのは長期戦になる事を知っていたから。
それに、一人で三人を相手にするのは無理だろう。
そう考えれば相手側にも仲間がいる。
そこまで分かったのにも関わらず、あいつらを見つける事が出来なかった。
…見つけた時には既に決まっていた。
俺達が魔物を蹴散らしながらもユイを探していたのは本当だが…全く見つからなかった。
突然地響きがしたと思ったら目の前は炎の海。
俺もルイも、勿論ユエも吃驚したと思う。
この炎の海の中に、あの女が巻き込まれてたら?
生きてる事が凄いだろうな。
俺達も慌てて駆けつけたが、その時にはミルの姿がなく、あの女が焼け焦げた森を見つめ
静かに涙を流していた。
無事だった事を確認するために話しかければ このザマだ。
余程の魔力を放出したのだろう…体力も精神状態も底を突きかけていた。
あれから、全く目を覚まさないこの女を寝かすべく今、俺達は木の陰で火を炊いて話している。
…夜は魔物が彷徨きやすい。
今ここで襲われるのも堪ったもんじゃねえ。
「…もし、あの女がやったのだとしたら これから先狙われるのはコイツだ」
「そうですね。
それに、ユイさんに授けた杖ですが形も変わっていましたし…埋め込まれてる石も虹色でした」
そうだ。
それが一番の問題になる。