色んな人から見送られながらも私達はユルシア村を後にする。
そこからほとんど一直線へ進むだけの旅が始まった。
どれだけ歩いただろうかーー
「疲れたー…まだなんですか!?」
ミルちゃんが怠そうに手でパタパタと仰ぎながらもルイさんに尋ねた。
「君の目は節穴ですか?目の前に見えてますよ」
少し冷たく返すルイさんだったけどミルちゃんは気にする様子も無く、足早に元気いっぱい歩き出した。
「ここが暗黒の森の入口!!やっと着きましたねユイ姉様!!」
「う、うん…」
相変わらず私は苦笑いを浮かべて返すも、目の前に広がる不気味な森を見る。
…暗い。
とにかく暗い。
辺りをぐるっと見回しても私達が歩いてきた道、つまり後ろ以外は辺り一面森で埋め尽くされていた。
時折バサバサとカラスのような黒い物体が飛び交い、まるで私達を狙っているかのような
赤く鋭い瞳で睨み付ける。
こいつらにとっては、私なんてタダの獲物にしか過ぎない…。
いつ喰おうか、それを考えているんだろうな。
「良いですか?
これから暗黒の森を通りますが皆さん絶対に誰一人として離れないように。
団体行動、ですよ。
もし離れてしまっても無闇に動かないで大人しく待ってて下さい。」
そこまで言うとルイさんは私に小さな枝のようなモノを手渡した。
「枝…?」
「アホか。杖だ」
横からシキくんが教えてくれる。
杖って…私は別に魔法使いじゃないんだから。
「もし何かあったとき、その杖に向かって唱えて下さい。
何でも構いません、貴女の思うままに」
…何か適当じゃない!?
私の思うままって…。
でもまあ、折角だし受け取っておこうかな。
「ありがとう…」
私はその杖とやらをポケットに仕舞いルイさんに微笑みかけた。
「…それじゃあ行きましょうか」
少しルイさんの頬が赤くなってたのは気のせいかな…?
不思議な気持ちで私達は先へ進む。
暗黒の森を抜ければフリュース国は近くなるってルイさんが言ってたけど
フリュース国って一体どんなところなんだろう…?
この時の私はまだほんの少し軽い気持ちで進んでいたのかもしれない。
この先で起こる数々の悪夢に知らずの内に目を背けようとしていたのかもしれないーー
暗黒の森へと足を踏み入れた私達。
私が思っていたよりもそこは暗くて空気も何だか淀んでいる。
霧のような黒いモヤまで掛かってるし…本当にこんな所で迷子にでもなったら…
それを考えるだけで身の毛がよだつ。
シキくんやルイさんは真剣な面持ちで私とミルちゃんの前を歩く。
勿論、腰には剣をぶら下げて。
いつでも戦闘準備は万全らしい。
ユエさんは私達の後ろを着いて歩いている。
…自分の身は守れとか言ってたのに結局この人達は守ってくれてる。
正面からでも背後からでも、私達が傷付かない為に。
そういう所は皆優しいと思う。
と、そんな時。
ーーガサガサッ
「ひぃ…ッ、」
草が揺れる音に私はとても間抜けな声を漏らした。
その音と私の声に、前を歩いていたシキくんとルイさんが直ちに
私とミルちゃんを間に挟むようにして横に立った。
「誰だ」
…初めて出会った時のようにシキくんはとても冷たい声で短く告げた。
「……」
シキくんの問い掛けに草の中から現れたのは…
「か、可愛い…!!」
そう、とても可愛らしいピンク色のウサギだった。
子供なのか、まだ小さくて薄いピンク色をして瞳は真っ赤なルビーのような…まるでシキくんみたいな瞳をしていた。
そのウサギを見たミルちゃんはルイさんの間を器用に退けウサギに近づこうとする。
「っ、おい!!」
シキくんが慌てたような声色で呟くのも聞かずに…。
「…いッ…う、」
ウサギへ手を伸ばした瞬間にミルちゃんは顔を歪めて一歩、二歩、と後退る。
「ミルちゃん!!」
私も思わず叫んだけどミルちゃんの手から大量の血が流れていた。
「ちっ、クズが」
舌打ちと共にシキくんがウサギに飛び掛り腰に刺さった剣を抜いて
真上から、真っ二つに斬り込んだ。
目を背けたくなるような、赤い塊が私の顔にかかる…
そう、思ってたのにそんな気配はない。
ぼんやり見ると、ウサギは跡形も無く消え去っていて、残されたのは先程の草むらだけ。
何が起こったの…?
「…魔力で消しただけだ」
そう言うシキくんは空を仰ぐ。
私も釣られて見上げると丸い球体…と言うのはおかしいけど
天へ天へと昇っていく光の泡のようなもの。
そっか。
魔力ってやつでウサギは光の泡になって跡形も無く消え去ったんだ…。
ある意味で胸を撫で下ろす私だったけどシキくんの横顔がとても辛く、悲しそうだった。
…シキくん。
本当は戦いなんて嫌いなんじゃ…?
例え動物であっても人であっても殺してしまう事に変わりない。
…誰でも嫌だよね、そんな事は。
私もいつかそうなる日が来るのかな。
「先程のウサギはワニウサギ、と言う名前ですね。
見た目はウサギそのもの。ですが顎の力はワニと同じか少し弱い位。
もし君が直ぐに手を引っ込めて居なければ片手は使えなくなっていたでしょうね。」
淡々と述べるルイさんに鳥肌が立った。
あんなに可愛いのにとても野蛮な動物だ…。
悔しそうに唇を噛み締めるミルちゃんだったけどユエさんが直ぐに手当をする。
「ムーン」
短くユエさんがミルちゃんの噛まれた手に自分の手をかざすと
淡いオレンジ色のような光が包む。
わ、なんか暖かい…。
それは一瞬にしてミルちゃんの手を元のような、噛まれる前の手に戻していた。
「す、すごい…」
「ユエの治癒魔法は誰よりも優れてるが呪文がイマイチだな。ムーンって、笑える」
「そうですね、幼稚的とは私も思います」
シキくん…ルイさん…何気に酷い事言ってる…。
ユエさんはユエさんなりに考えてあの呪文にしたはずなのに馬鹿にされてるよ…はは。
「治してくれてありがとう…」
虫が鳴くような、今にも消え入りそうな声で呟くミルちゃんにユエさんは優しく微笑んでいた。
私は、何もできないな…治癒魔法だろうと防御魔法だろうと攻撃魔法だろうと、何一つできやしない。
ここにいる意味って何だろう…?
足手まといになってる…?
「ユイさん」
ふと、ルイさんが私に声を掛ける。
「は、はい…?」
なんでだろう、ルイさんと二人で話すとなると何故か敬語になるというか…気が引き締まるというか。
「呼び捨てにしましょうか」
「…へ?」
突然の申し出に私はすっ惚けた変な声を出してしまったらしい。
それに、頬が赤くなるのを感じる。
なんて声出してるのよ…私。
もう、ばかばか。